2015年7月アーカイブ

「万物は流転する」では伝わらない エペソスのヘラクレイトスは、第69オリュンピア祭期(紀元前504年〜501年)に盛年すなわち40歳を迎えたと『哲学者列伝』(ラエルティオスの著作)にあることから、紀元前540年頃の生まれと推定される。貴族の出で、気位が高く、辛辣で、近寄り難い存在だったようである。その思想は晦渋とされ、紀元前3世紀頃から「謎をかける人」や「闇...
[続きを読む](2015.07.25)
レパートリーの広さ ピエール・モントゥーについて書かれた文章を読むと、ロシア音楽が得意とか、ドイツ音楽が得意とか、母国フランスの音楽が最も得意とか、いろいろなことが書かれている。そこでいつも思う、「果たしてこの人に得意でない作品があったのだろうか」と。実際のところ、レパートリーが広かったことは、遺された音源が証明している。バッハからメシアンまで、時代にも国籍...
[続きを読む](2015.07.22)
JAPAN『錻力の太鼓』1981年作品 バンド名は「JAPAN」と記されているのに、隣には毛沢東の肖像が掲げられ、デヴィッド・シルヴィアンは人民服を着ている。そんなジャケットが示唆する通り、本作『錻力の太鼓(Tin Drum)』(1981年/全英チャート最高12位)の舞台は中国だ。今のセンシティヴな世の中だったら、へたをすれば「日本と中国をいっしょくたにする...
[続きを読む](2015.07.16)
音楽の冒険 J.S.バッハの「ゴルトベルク変奏曲」は、『クラヴィーア練習曲集』の第4部として1741年(1742年とも言われる)に出版された作品で、元々は「2段の手鍵盤をもつチェンバロのためのアリアとさまざまな変奏」と題されていた。「ゴルトベルク変奏曲」と呼ばれるようになったのは、ヨハン・ニコラウス・フォルケルが『バッハ小伝』の中で、あの有名なエピソードを伝...
[続きを読む](2015.07.09)
桑野通子は1934年から12年間、映画界で活躍した松竹のトップスターである。その美貌と抜群のプロポーションは映画界に入る前から注目の的だったようで、三田高等女学校を卒業した後、森永製菓の初代スウィート・ガールとして活動し、赤坂溜池のダンスホール「フロリダ」のダンサーに転身、客が押し寄せるほどの売れっ子になった。後に共演し、ロマンスを噂されることになる上原謙...
[続きを読む](2015.07.03)