2014年1月アーカイブ

エーリッヒ・クンツの歌声はウィーンの香気である。そのバリトンに耳を傾けているだけで、おおらかになり、幸せな気持ちになれる。耳が悦び、胸躍るような感覚を覚える。変に取り繕ったところのない自由で粋な歌い回し、それでいて要所で聴く者の胸に迫ってくるフレージングの巧さも魅力である。 クンツのことを知ったきっかけは、中学3年生の時に祖父に買ってもらった『ウィーン・オ...
[続きを読む](2014.01.30)
柿本人麻呂は万葉集を代表する歌人であり、歌聖と尊ばれ、後世に多大な影響を及ぼした。その生涯については、持統天皇の時代に活躍したということ以外、生没年も含めて確かなことは何も分かっておらず、万葉集に書かれてあることから推察するほかない。ゆえに仮説、新説も後を絶たない。たしかにここまで長歌や短歌が知られているのに、記録資料がないのは少し不自然なので、その分興味...
[続きを読む](2014.01.25)
プリファブ・スプラウト『スティーヴ・マックイーン』1985年作品 2013年、最新スタジオ・アルバムにあたる『クリムゾン/レッド』のリリースに際し、プリファブ・スプラウトの首謀者パディ・マクアルーンは、「『スティーヴ・マックイーン』を発表した時の僕は28歳で、今ちょうどその2倍の年だから、僕は28年おきにいいアルバムを作るんだ」と言ったそうだ。なんとも気の長...
[続きを読む](2014.01.21)
いよいよ冬真っ盛り。都心でも霜柱が出来る季節となった。そんな中、革ジャンを着て現れたあなたの知り合いに「暖かそうですね」と無邪気に声をかけたらどうなるのか? 彼(あるいは彼女)は、きっと寂しげに微笑んで空を見上げるだろう。何も言わずに洟をすすりながら......。 意外と知らない人が多いので言っておくが、革ジャンは全く防寒性の高い衣服ではない。先日、あるバ...
[続きを読む](2014.01.18)
『アイズ ワイド シャット』について 『アイズ ワイド シャット』は当時結婚していたトム・クルーズ、ニコール・キッドマンを起用したR-18指定作品で、キューブリックの遺作である。舞台は宇宙、無人ホテル、戦場といった極限的なものではなく、日常の世界だ。その日常の死角にある陥穽にはまり、一人の男が悪夢を体験する。 主人公ビル(トム・クルーズ)は腕利きの医者で、美...
[続きを読む](2014.01.16)
完璧主義者の美学 スタンリー・キューブリックの映画は、時代の制約を超えたところに存在している。 どんな巨匠が撮った傑作でも、それが作られた時代のモラルや技術等の制約と無縁ではあり得ない。「昔の作品だから、こういう表現にならざるを得なかったのだろう」とか「今ほど技術が発達していなかったから、ここまでが限界だったのだろう」といった感想を抱かせるものが大半である。...
[続きを読む](2014.01.14)
死へと向かう愛 リヒャルト・ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』は1857年10月から1859年8月にかけて作曲された。台本は、ゴットフリート・フォン・シュトラースブルクの叙事詩(12世紀頃)から得たインスピレーションをもとに、ワーグナー自身が書き上げた。トリスタン伝説をオペラにする計画は元々ロベルト・シューマンが練っていたが実現せず、その弟子カール・リッタ...
[続きを読む](2014.01.10)
山本健吉が書いたエッセイの中に「『縁』の思想」と題された短い文章がある。 周知の通り、山本は日本の古典、近代文学、俳句の評論に大きな足跡を残した評論家で、古典を読み解き、現代日本人の心に通じる(もしくは、通じて然るべき)考え方、感じ方を浮き彫りにしたその著書には、示唆に富むものが多い。 1973年1月8日の東京新聞に掲載された「『縁』の思想」は、山本にして...
[続きを読む](2014.01.04)
美を紡ぐ23の弦楽器 23人のソロ弦楽奏者のための習作「メタモルフォーゼン」は、1944年に構想され、1945年3月13日から4月12日にかけて作曲された。当時リヒャルト・シュトラウスは80歳(誕生日は6月11日)。ガルミッシュの山荘に身を置いていた老作曲家は、戦況が悪化し、ミュンヘンやドレスデンやウィーンの歌劇場が爆撃を受けて破壊される中、筆をとり、失われ...
[続きを読む](2014.01.01)