音楽 CLASSIC

リーザ・デラ・カーザ 〜究極の才色兼備〜

2012.11.28
チェボターリの後継者

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 美貌と美声と才能に恵まれ、究極の才色兼備を体現した名歌手である。早世したマリア・チェボターリの正当な後継者といってもいい。その声は艶があって美しいだけでなく、清潔感があり、しかも聴き手の耳を威圧することなく、ホールの隅々にまで響くような浸透性を備えている。レガートのなめらかさも特筆もので、歌い口に気品がある。そして歌詞の世界を、理智的な解釈者として、というより、忠実な表現者として聴き手に伝える。また、女優も顔負けの麗人でもある。その舞台姿の美しさは、古今東西のオペラ歌手の中でもかなり上位に入るのではないか。

 リーザ・デラ・カーザは1919年2月2日、スイスのベルンに生まれた。チューリヒでマルガレーテ・ヘーザーに師事し、1941年にゾロトゥルン・ビールで蝶々夫人を歌ってデビュー。戦中はチューリヒ市立劇場に定期的に出演していたが、マリア・チェボターリに認められ、1947年にザルツブルク音楽祭に出演。『アラベラ』のズデンカを歌い、好評を博した(リヒャルト・シュトラウスに将来を嘱望されていた)。同年、ウィーン国立歌劇場の一員となり、モーツァルトやR.シュトラウスのオペラなどで活躍。1952年には宮廷歌手の称号を受けている。その後、活動の場を広げ、メトロポリタン歌劇場などでも歌っていた。

 順風満帆に見えるデラ・カーザのキャリアだが、悲劇的な出来事がなかったわけではない。それが、『ばらの騎士』の映像版の撮影をめぐり、デラ・カーザに対して行われた背信行為である。1960年8月、全ての好条件が整ったこのプロダクションで、デラ・カーザはマルシャリンを歌う予定だった。にもかかわらず、エリザベート・シュヴァルツコップに役をとられてしまったのだ。これは歌手として気力、体力共に充実していた時期にあったデラ・カーザには、大きな痛手だったといわざるを得ない。

 幸いなことに、デラ・カーザが歌ったマルシャリンは、1960年7月26日のライヴ音源で聴くことができる。指揮はヘルベルト・フォン・カラヤン。オクタヴィアンはセーナ・ユリナッチ、ゾフィーはヒルデ・ギューデン、オックス男爵はオットー・エーデルマン、ファーニナルはエーリヒ・クンツ、万全の布陣である。これを聴くたびに、「本来なら映像でも観れるはずだったのに」と思ってしまう。デラ・カーザは、マルシャリンを「役」としてではなく、「一人の実在の女性」として、その真情を本能的に解しながら演じ切っている。表現の一つ一つが自然で、清らかで、聴き手の耳にすっと入ってくる。さらに1956年にメトロポリタン歌劇場でルドルフ・ケンペが指揮した際のライヴ音源もあり、このマルシャリンの歌唱はカラヤン盤以上にしなやかで艶やかだが、ユリナッチとクンツが出ていない分、総合的に物足りなさを感じる。なかなか理想通りにはいかないものだ。

清純さと艶やかさ

 最高の当たり役はアラベラ。これは数種類の音源が残っているが、1958年に上演されたザルツブルク音楽祭ライヴが抜群に良い。指揮はヨーゼフ・カイルベルト。1963年に録音されたものと比べると、フレージングに一切よどみがなく、歌い口も粋である。R.シュトラウス作品では、『4つの最後の歌』も知る人ぞ知る名盤。録音は1953年で、指揮者はカール・ベーム。ベームとウィーン・フィルが紡ぎ出す天上の旋律に包まれながら、艶と気品を併せ持つデラ・カーザの美声が、空気の色を変えていく。とくに「春」はデラ・カーザの声とウィーン・フィルの音色が融和していて絶品である。

 シューマンの『女の愛と生涯』も代表盤。情感過多に陥ることなく、それでいて多彩なニュアンスを込めて歌われた8編の詩。一切虚飾のない、胸にしみる歌声である。おそらくデラ・カーザのキャリアの絶頂期はこの辺りまでだろう。周知の通り、様々な歌手が録音している作品だが、それらの中でも、デラ・カーザ盤は目立たないところに咲く可憐な花のように、一部のファンに愛でられている。

 1957年のザルツブルク音楽祭でのリサイタル音源も、絶頂期のデラ・カーザを知る上で貴重な財産である。プログラムはシューベルト、ブラームス、シェック、ラヴェル、R.シュトラウス、ヴォルフと極めて多彩。これを聴けば、彼女がモーツァルト、R.シュトラウスだけでなく、幅広い音楽性を受け容れる美しい器であったことがわかるだろう。音質が良いのも救いである。

 モーツァルト・オペラでは、エーリヒ・クライバーが指揮した『フィガロの結婚』(1955年録音)の伯爵夫人、ヨーゼフ・クリップスが指揮した『ドン・ジョヴァンニ』(1955年録音)のドンナ・エルヴィラ、ジョージ・セルが指揮したザルツブルク音楽祭での『魔笛』(1959年録音)のパミーナが、デラ・カーザの真価を伝える名演・名唱である。ハンス・シュミット=イッセルシュテットが指揮した『レクイエム』も貴重。1952年のライヴ音源だが、音質はそれほど悪くない。「思い出したまえ」「主イエズス」「祝せられたまえ」などでのデラ・カーザの歌は、単に美しいだけでなく、蓮の花のような清らかさと、ほかの音響に埋もれない強い芯を持ち、聴き手の感性を高揚させる。

 ワーグナー・オペラなら、バイロイト音楽祭での『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(1952年録音)のエヴァをまずは聴いておきたい。清純さの中にある艶やかさ、その声の存在感に惹きつけられる。メトロポリタン・オペラでの『ローエングリン』(1959年録音)のエルザも個人的に好きである。清澄な美しさの中に青い炎を宿らせたデラ・カーザの歌声は、いかにもエルザに向いている。マーラー・ファンにはおなじみの録音だが、フリッツ・ライナー&シカゴ響の組み合わせによる交響曲第4番(1958年録音)にもソリストとして参加している。ここから彼女の声の魅力にはまる人も多いようだ。

 映像作品だと、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮の『ドン・ジョヴァンニ』が最も広く知られている。動画サイトでは、カイルベルト指揮の『アラベラ』のライヴ映像も流出しているが、ソフト化されているのを目にしたことはない。おそらくどこかにこういう映像がまだまだ眠っているのだろう。そういえば、2008年にドキュメンタリー番組に出ていたが、過去の貴重な映像が織り込まれていて楽しめた。才色兼備の名花の思い出を枯れさせないためにも、できるかぎりソフト化してもらいたいものである。


【関連サイト】
リーザ・デラ・カーザ(CD)