音楽 CLASSIC

R.シュトラウス 交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』

2025.07.01
よみがえる14世紀のいたずら者

Til Eulenspiegel j1
 リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』は1894年から95年にかけて作曲され、1895年11月5日、フランツ・ヴュルナーの指揮によって初演が行われた。ヴュルナーはワーグナーの『ワルキューレ』の初演者として、また、ウィレム・メンゲルベルクやフリッツ・ブルンの師として知られている。

 オイレンシュピーゲルは14世紀に実在したとされるトリックスターである。数々のいたずらをして、世の人々を翻弄していたらしく、その行状は15世紀にまとめられ、民衆本としてドイツで広く読まれるようになった。オイレンシュピーゲルは秩序や権威を意に介さず、教皇も、国王も、神父も、学者も徹底的にコケにする。そんなところが好まれたのだろう。いたずらの種類は、無邪気なもの、怒りによるもの、皮肉なもの、愉快犯的なものと様々で、下品なものも多い。
 オイレンシュピーゲルの語源は、「ふくろう(Eule)」と「Spiegel(鏡)」だと言われている。実際に、エピソードの中には、オイレンシュピーゲルがいたずらをする際に、フクロウと鏡の絵を描く場面もある。一方で、尾籠な話が多いことから、「拭く(ulen)」と「尻(spegel)」という意味もかかっているのではないかとする説もある。

 なぜシュトラウスはこのような民衆本を交響詩の題材に選んだのだろうか。きっかけは、1889年に初演されたドイツの作曲家シリル・キストラーのオペラ『オイレンシュピーゲル』を観たことらしい。創作意欲を刺激されたシュトラウスは、同じ題材でオペラを作曲することにした。自分の方がもっと面白く書けると思ったのかもしれない。しかし、台本の執筆が捗らずに頓挫。その後しばらくして再びオイレンシュピーゲルに関心を抱き、今度は交響詩で表現することにし、成功を収めたのである。
 オイレンシュピーゲルの物語を音楽化するにあたり、シュトラウスは簡潔にプロットを組んだ。排泄物の話は排除し、いたずらの数を限定し、最後は捕まって絞首台で処刑されるという展開にした(民衆本では病死したとされている)。ちなみに、シュトラウス自身はあえてこの作品を「交響詩」と名付けず、「大オーケストラのためのーーロンド形式によるーー昔の無頼の物語」と命名していた。

 シュトラウスが紡ぎ出した大まかなストーリーは以下の通りである。
 昔々、一人のいたずら者がいた。その名はティル・オイレンシュピーゲル。極道の妖怪である。旅に出たティルは、荒ぶる馬を市場に突進させ、大騒動を巻き起こしておきながら、一足で7マイル先に行ける靴で逃げる。次に僧侶の格好をしたティルは、民衆に情熱と道徳について説くが、宗教を嘲ったことで死の恐怖に怯える。次に騎士に変装したティルは、美しい女性に言い寄るが、あえなくフラれる。
 女性に拒絶された怒りから、人類への復讐心が湧いてくる。ティルは学者になりすまして俗物学者をからかい、途方もない命題を出す。そのせいで大論争となり、勝ち目がなくなると遠くへ逃げ、陽気に口笛を吹く。その後もいたずらを繰り返すが、ある日突然逮捕され、裁判で死刑を宣告される。絞首台でティルは絶命するが、その伝説は今でも多くの人に語り継がれている。

 演奏時間は20分に満たないが、高度な管弦楽法が駆使された傑作である。冒頭のヴァイオリンの優しい旋律は「昔々、一人のいたずら者がいた」の部分、ホルンの躍動的な主題は「その名はティル・オイレンシュピーゲル」の部分に当たり、続くクラリネットのおどけた主題は「極道の妖怪である」の部分に当たる。馬を市場に突っ込ませる場面では、華やかな音響が氾濫、パニックに陥る市場の様子が鮮やかに表現される。続いて現れる木管とヴィオラの穏やかな旋律は、情熱と道徳について説く僧侶姿のティルだ。騎士に変装して女性に言い寄る様子はクラリネットが受け持ち、ホルンとチェロの旋律が感情の高まりを示す。
 俗物学者はファゴットの音で表現され、他の楽器も加わって威圧感を増していく。その後いったん静かになるが、ホルンが「その名はティル・オイレンシュピーゲル」を再び奏でて、いたずらを再開。華麗なオーケストレーションでティルの悪戯ぶりを描く。しかし激しく盛り上がったところで、小太鼓の音だけになる。逮捕されたのだ。金管の厳粛な響きと、クラリネットのおどけた主題の応酬が繰り返される。裁判で問い詰められながらも、ティルはふざけているらしい。しかし4回目のあとクラリネットは沈黙し、5回目のあと死の不安がトランペットとヴァイオリンで描写される。見事な変化のつけ方である。やがて死を示す動機が奏でられると、クラリネットの音が徐々にか細くなり、命が潰えたことを暗示する。最後は、冒頭のヴァイオリンの優しい旋律が現れた後、急におどけた主題が飛び出し、ティルの魂がまだ死んでいないことを力強く示して終わる。

 華やかなオーケストラの響きを楽しめる傑作で、楽器の音の使い分け方、音の重ね方に妙味がある。ただ、ともすれば派手な音が無意味に鳴っているだけ、過剰に騒いでいるだけの演奏になりかねず、指揮者の技量が問われる。また、題材が題材なので、あまりゴージャスに演奏されても、生真面目に演奏されても、しっくりこない。オーケストラの技術を誇示するような演奏も鼻につく。
 ルドルフ・ケンペ指揮、シュターツカペレ・ドレスデンの演奏(1970年録音)、ヨーゼフ・クリップス指揮、ウィーン響の演奏(1972年ライヴ録音)、オイゲン・ヨッフム指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏(1960年録音)は素晴らしい。各楽器の強調の仕方がたくみで、旋律の面白みが伝わってくる。場面や状況の描き分けもわかりやすい。音の厚みや重さもちょうどよく、胃もたれしない。何より合奏の音に温かみがあり、物語の楽しさが伝わってくるところが良い。
(阿部十三)


リヒャルト・シュトラウス
[1864.6.11-1949.9.8]
交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』 作品38

【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
ルドルフ・ケンペ指揮
シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1970年

ヨーゼフ・クリップス指揮
ウィーン交響楽団
録音:1972年(ライヴ)

オイゲン・ヨッフム指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1960年録音

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