
ミートローフ 『地獄のロック・ライダー』
2025.06.20
ミートローフ
『地獄のロック・ライダー』1977年作品

その作詞作曲を担当したジムとミートの出会いは、1973年に遡る。大学時代にすでにクラシック音楽とロック双方の影響を汲んだオリジナル・ミュージカルを制作していたジム(1947年生まれ、米国ニューヨーク州出身)は卒業後ブロードウェイで活動し始め、同年制作したミュージカル『More Than Your Deserve』にミート(1947年生まれ、米国テキサス州出身)が出演したことを機に、彼らは親交を深めることになる。そしてあのJ・M・バリー作の『ピーター・パン』を下敷きにしたミュージカル『Neverland』のためにジムが書いた曲を出発点に、ふたりでアルバムの構想を練り、トッド・ラングレンをプロデューサーに迎えて計7曲のレコーディングを敢行。ギターやバッキング・コーラスも担当したトッドのほか、当時トッドとユートピアで一緒に活動していたカシム・サルトン(ベース)とロジャー・パウエル(キーボード)とジョン・ウィルコックス(ドラムス)、ブルース・スプリングスティーンのEストリート・バンドからロイ・ビタン(キーボード)とマックス・ワインバーグ(ドラムス)、さらにエドガー・ウィンター(サックス)が参加するというオールスター・キャストを揃えた。にもかかわらず、ジムもミートもロック・アーティストとしては未知数の存在だったため、レーベル探しは困難を極めたそうだ(最終的にクリーヴランド・インターナショナルというインディ・レーベルが発売することに)。
まあ、レーベルが躊躇したのも理解できなくもない。7曲のうち3曲が8分半以上という総じて長めの曲は通常のポップソングの成り立ちを完全に無視しているし、その長い尺にジムは、ミュージカルはもちろんのこと愛してやまないリヒャルト・ワーグナーやグスタフ・マーラーを始めとするクラシック作曲家の作品から、1950年代の古典的ロックンロール、フィル・スペクターのウォール・オヴ・サウンド、60年代のガールズ・グループ、はたまたザ・フーやブルースなど同時代のロック・アーティストに至るまで種々雑多な音楽から得たインスピレーションを織り込み、〈恋と人生を巡るひとりの若者の苦悩〉という永遠の定番テーマを掘り下げるロック・オペラに挑んだのだから。そして、キャラクターになり切って彼のヴィジョンにリアリティを与えることができた稀有なパフォーマー/ジムを補完する理想的なパートナーこそが、ミートだったのである。
何しろ、アルバムのオープニングを飾る9分半に及ぶ表題曲からして尋常じゃない。ピアノとギター・ソロのインストゥルメンタル・パートが2分間続いたあと、ミートがいきなり描き始めるのは主人公の少年の死。夢も刺激も与えてくれない退屈な故郷の町で逃避願望を募らせていた彼は、大好きなガールフレンドを連れて町を出ようと思い立つのだが、途中バイク事故で命を落としてしまう。そう、この曲は1960年代にしばしば聴かれた、若者を巡る悲劇的なポップソングの型に倣っており、少年の魂が〈地獄から飛び出すコウモリ〉のように肉体を離れていく中でフェードアウト。2曲目以降でそれまでの経緯(らしきもの)を遡っていくのである。例えば、ガールズ・グループ風に女声コーラスを添えたファースト・シングル「You Took the Words Right Out of My Mouth」は、ビーチを舞台に主人公とガールフレンドの初めてのキスをロマンティックなタッチで回想。「Heaven Can Wait」はその余韻に浸っているようにも解釈できるいかにもミュージカル的なバラードだし、本作からのシングルとしては最高位(全米11位)を記録した「Two Out of Three Ain't Bad」も同じくバラード仕立て。ジムが敢えてシンプルでベタな表現に挑戦したという曲だ。もっとも、〈I want you, I need you〉と繰り返していながら実は、切ないブレイクアップ・ソングだというヒネリが待ち受けているのだが......。
他方で、エドガーのサックスが鳴り響くグラムロック調の「All Revved Up And No Place To Go」や「Paradise by the Dashboard Light」のテーマはずばり欲情だ。オールディーズ気分全開の後者が伝えているのは同じカップルの数年後の姿なのか(だとすると冒頭で死んでしまう設定は辻褄が合わなくなる?)、ミートと同様にミュージカル出身のシンガー=エレン・フォーリーと彼が、17歳の時の自分たちを振り返っている。湖畔に留めた車の中で交わされる、刹那的に思考する男性と永遠の愛を誓って欲しいと求める女性の会話をデュエットで聞かせ、途中で聞こえる野球の実況中継には、ヤンキースの選手を経て同球団の専属実況アナウンサーとなった人物フィル・リズートをわざわざ起用したのだとか。ちなみに、ふたりは永遠の愛を約束するのだが、のちに気持ちが離れて約束を後悔しているというオチが、こちらにもある。
そして本作でも最も壮大な演出を施した8分45秒のフィナーレ「For Crying Out Loud」は、ピアノ・バラードとしてスタートしながら途中でオーケストラが加わり、テンポもアレンジもめまぐるしく変えて進行。終わったかと思えば別のページを開く複雑な展開をものともせず、表題曲のシーンに立ち返るようにして切々とミートは愛を歌う。彼の圧巻のパフォーマンスはまさに、身振りや表情を思い浮かべずにいられない役者のそれ。思わず立ち上がって拍手を送りたくなる。
こうして改めて聴くと、タイトルの強烈さもあってヘヴィメタル作品だというイメージが刷り込まれていたものの(実際そちらの方面のアーティストに愛されているのだが)、究極的に本作は、いたってポップで甘酸っぱい青春映画みたいなアルバムであることを思い知らされる。しかもそれをユートピアとEストリート・バンドの合体編成で鳴らしているという事実も興味深いが、ポップだからこそリリース以来半世紀にわたって売れ続け、その数は世界の歴代アルバム・セールスのトップ10に入る4千万枚以上に達し(英国では現時点でデビュー作としては史上最多のセールスを記録)、後続のアーティストに多大な影響を及ぼすことになった。
と同時に、本作をきっかけにミートはソロ・シンガーとしてのキャリアを軌道に乗せ、ジムはポップ・ミュージック界でも売れっ子となり、その傍らでさらに3枚のコラボ・アルバム――ミートにとってキャリア最大のヒット・シングル「I'd Do Anything for Love(But I Won't Do That)」を生んだ『地獄のロック・ライダーII〜地獄への帰還(Bat Out of Hell II:Back Into Hell)』(1991年)、『地獄のロック・ライダーIII〜最後の聖戦!(Bat Out of Hell III:The Monster Is Loose)』(2006年)、『Braver Than We Are』(2016年)――を発表。いずれもミートローフの名義なのだが、本作も然りで、毎回〈Songs By Jim Steinman〉(IIIはジムとデズモンド・チャイルドの共作)とジャケットに添えて他のミートの作品と差別化している。時折〈Bat Out of Hell〉という名称の使用権などを巡って訴訟が起きたりもしたが、ふたりの絆は断たれることなく、2021年春にジムが、翌年初めにマーヴィンが後を追うようにして死去。当時の追悼記事を読み返すと、どちらも寛大さや思いやりの深さに触れるものが非常に多いのが印象的だった。おどろおどろしいジャケットに包まれた、未だ異彩を放つこのアルバムがふたりの心優しいミュージシャンによって作られたのだと思うと、なんだかこちらも優しい気持ちになれてしまう。
(新谷洋子)
【関連サイト】
MEAT LOAF 『Bat Out of Hell』(CD)
MEAT LOAF(YouTube)
『地獄のロック・ライダー』収録曲
1.Bat Out of Hell/2.You Took the Words Right Out of My Mouth(Hot Summer Night)/3.Heaven Can Wait/4.All Revved Up with No Place to Go/5.Two Out of Three Ain't Bad/6.Paradise By the Dashboard Light/7.For Crying Out Loud
1.Bat Out of Hell/2.You Took the Words Right Out of My Mouth(Hot Summer Night)/3.Heaven Can Wait/4.All Revved Up with No Place to Go/5.Two Out of Three Ain't Bad/6.Paradise By the Dashboard Light/7.For Crying Out Loud
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