音楽 CLASSIC

ブルーノ・ワルター 〜円熟に円熟を重ねる〜

2016.12.11
ワルターと私

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 ブルーノ・ワルターはクラシック音楽を聴きはじめた人の前に、モーツァルトやベートーヴェンの作品の指揮者として現れる。そして、ライナーノーツやレビューに書かれている「温厚な人柄」「モラリスト」といった人物評により、大指揮者には稀な人格者のイメージを植え付けられる。これはワルター受容の一つのパターンと言えるだろう。しかし、そんな人物像を前提にして音源をあれこれ聴いていくと、ワルターのことがよく分からなくなる。

 私が最初に聴いたのは、弾き振りによるモーツァルトのピアノ協奏曲第20番(1937年録音)である。デモーニッシュな気迫と美しさをたたえた演奏だ。その印象が強かったため、何かの指揮者論で「ワルターは温厚、穏和」と評されているのを読んだときは、少しばかり頭が混乱した。自分が聴いたのは、別の誰かの演奏で、「ブルーノ・ワルター(ピアノ、指揮)」とクレジットされていたのは誤記ではなかったか、とまで思ったものである。

 それからワーグナーの『ワルキューレ』第一幕(1935年録音)、ベルリオーズの幻想交響曲(1939年録音)、アルトゥール・ルービンシュタインをソリストに迎えたショパンのピアノ協奏曲第1番(1947年ライヴ録音)、ブラームスの『ドイツ・レクイエム』(1951年ライヴ録音)などを聴き、私の中で、ワルターが只者でないことがはっきりとした。穏やかでやさしいことが取り柄の指揮者に、こんなに深くて痛切なほど美しい『ドイツ・レクイエム』は振れない。

響きの明晰性より音楽的な意味の明晰性を

 ワルターはグスタフ・マーラーに才能を認められ、20世紀初頭にウィーンとミュンヘンの宮廷歌劇場で名をあげた人である。ナチス台頭後もしばらくヨーロッパにとどまっていたが、1939年に渡米、ニューヨーク・フィルの音楽顧問を務めた。戦後、ヨーロッパの楽壇に復帰し、ウィーン・フィルなどを指揮。心臓発作で倒れてからは演奏会の数も少なくなり、彼が作り出す音楽をステレオ録音で遺すために組織されたコロンビア交響楽団とのセッションに専心し、1962年2月に85歳で亡くなった。

 レコーディングの仕事には戦前から積極的に取り組んでおり、1930年代のウィーン・フィルとの録音は絶品と評されている。その中にハイドンの交響曲第100番「軍隊」、モーツァルトの後期交響曲とピアノ協奏曲第20番、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」、ブラームスの交響曲第1番と第3番、ワーグナーの『ワルキューレ』第一幕、マーラーの交響曲第9番がある。

 ワルターはトスカニーニのようにオーケストラに対して威圧的な態度をとることがなく、穏和とか柔和というイメージがついているが、当の本人は「私の関心は、響きの明晰性よりもっと高度の明晰性、即ち音楽的な意味の明晰性にある」とか「正確さに専念することで技術は得られるが、技術に専念しても正確さは得られない」と述べているように、音楽的な「明晰性」と「正確さ」を得るためであればアポロンにでもディオニュソスにでもなれる人だった。その両面を堪能させるのが、ニューヨーク・フィルを指揮したドヴォルザークの交響曲第8番(1948年ライヴ録音)やブラームスの交響曲第2番(1953年録音)だ。ブラ2は聴き終えるのが惜しくなるほどの素晴らしさで、哀愁も優美も情熱も歌心も極まっている。数多ある同曲の録音の中でもトップクラスに位置する名演奏だ。

ハイドンとモーツァルト

 モーツァルトの交響曲第40番の録音は数種類あり、ウィーン・フィルとの演奏(1956年ライヴ録音)が有名。厳しく強調される低弦の音圧や、それと相反するような甘いポルタメントの質感が、この作品をいっそう味わい深いものにしている。コロンビア響との録音(1959年録音)は、豊かな歌心と洗練された響きがブレンドされた演奏で、もの狂おしくなるような美しさを醸している。老成とも枯淡とも別種の境地だ。美しさでは、第36番「リンツ」(1960年録音)も負けていない。聴き手の心を虚ろにしてしまうような美の世界がここにある。

 モーツァルト作品では、メトロポリタン・オペラで指揮した『ドン・ジョヴァンニ』の音源(1942年ライヴ録音)や英語で歌われた『魔笛』(1956年ライヴ録音)も一聴の価値あり。前者は序曲の猛烈な嵐、地獄落ちの場面の凄絶さが際立っており、なおかつコミカルさも甘美さもあって、聴きごたえ十分。後者はオットー・クレンペラー盤と並ぶ超名演。われわれ聴き手は、生命の息づく一音一音に導かれるようにして、この不思議なオペラの核にふれることができる。

 ワルターはモーツァルト、ベートーヴェン、マーラーの指揮者であるだけでなく、ハイドンの指揮者でもある。戦前から戦後にかけて「V字」「オックスフォード」「奇蹟」「軍隊」などを録音しているが、私が好きなのは、ニューヨーク・フィルとの第102番(1953年録音)。スケールの大きさと切れ味の鋭さ、土台のしっかりとした安定感とみずみずしい躍動感を味わえる。こういう演奏の真価を知ると、「今風ではない」「仰々しい」という批判がくだらないものに思えてくる。

ブラームスとマーラー

 ワルターが指揮するブラームスの交響曲も魅力的だ。第2番の録音については先に述べた通りニューヨーク・フィルの演奏が最高である。第1番はウィーン・フィル(1937年録音)、コロンビア響(1959年録音)を振ったものがいわば秀峰。とくにウィーン・フィルとの録音は、この大作の雄々しさ、豪壮さが苦手だという人にこそ聴いてもらいたい。芯からエネルギーに満ちた音楽だが、オケの歌わせ方が実にしなやかで、繊細な響きはどこか妖しさをたたえている。

 高度な技術を持つ指揮者でないと、ちぐはぐな印象を残してしまう第3番も、ワルターの手にかかれば、生気に満ちた音楽になる。これもウィーン・フィルの演奏(1936年録音)とコロンビア響の演奏(1960年録音)が良い。前者など「どこが難しいのか?」と言わんばかりの自在さだ。後者も老人の音楽にならず、アンサンブルの強靭さ、柔軟さ、懐の深さ、いずれの面でも不足はない。第4番はコロンビア響の演奏(1959年録音)が聴きもの。その響きは若木ではないが枯れ木でもない。今が聴き頃と言うべき円熟した音楽の実りがここにある。強さだけでなく大きさを増していくようなこの指揮者の求心力には、心底驚かされる。

 マーラーの作品ではウィーン・フィルとの第9番(1938年録音)、キャスリーン・フェリアーが歌っている「大地の歌」(1952年録音)が昔から知られている2大名盤。ただ、コロンビア響との第1番「巨人」(1961年録音)もワルターの意図をしっかりと汲んだ演奏になっていると思う。コロンビア響の技術に難癖をつける人は多いが、「リンツ」やブラ1や「巨人」まで悪しざまに言うべきではない。

豊潤な音楽をもたらした使徒

 私見では、ワルターはアメリカのオケに多大な影響を及ぼした最重要人物の一人である。彼はがさつとか下品と言われがちだったアメリカのオケを使って、ヨーロッパのオケの熟成された深みのある響きを自分なりのやり方で練り上げた。ニキシュ、マーラー、トスカニーニがアメリカに遺した足跡は確かに偉大だが、豊潤な音楽をもたらした使徒ワルターの功績はそれ以上に見直されて然るべきだ。

 考えてみれば、1930年代の名録音はワルターが60歳前後のときのものであり、コロンビア響と一連の録音を行ったときは80歳になっていた。にもかかわらず、彼は20年間で成熟をし続け、枯れることなく、円熟に円熟を重ねることができた。天才は凡人の想像を超えるものとはいえ、それにしても音楽家としての器がよほど大きくなければ、そして芯の部分が柔軟でなければ、こういう円熟の仕方は出来ない。レパートリーは限定されるけれど、もしかすると歴史上の大指揮者の中でワルターは最大の大器と言い得る存在なのではないか。
(阿部十三)


【関連サイト】
Bruno Walter(CD)