音楽 CLASSIC

スヴャトスラフ・リヒテルについて

2021.01.08
リヒテルのプロフィール

richter j1
 1955年、戦後初めて鉄のカーテンを越えて訪米したソ連のピアニスト、エミール・ギレリスは、各地でセンセーションを巻き起こし、絶賛された時、こう言ったという。「私のことを褒めるのは、リヒテルの演奏を聴くまで待ってください」ーーこれはギレリスの人柄を表すエピソードであり、2人の優劣を示すものではないが、この発言から西側におけるリヒテル伝説が始まったと言える。

 1915年3月20日、スヴャトスラフ・リヒテルはロシアのジトーミルで、ポーランド系ドイツ人の父親、ロシア人の母親の間に生まれた。ピアニストだった父親の影響を受けてピアノを始めたが、ほとんど独学で、音階練習はせず、いきなりショパンの夜想曲から弾き始めた。音楽学校で正規の教育を受けないまま、19歳の時にリサイタルを開き、デビュー。1937年にモスクワ音楽院に入学し、ゲンリヒ・ネイガウスのもとで才能を伸ばした。何とも変わった経歴である。

 インタビューと演奏で構成されたドキュメンタリー『リヒテル 謎(エニグマ) 甦るロシアの巨人』によると、自分の音を解放する術を知ったのはネイガウスのおかげだという。それまでは主に伴奏ピアニストとして活動していたため、自分本来の表現を押し殺していたのである。さらに師の影響で、作品を弾く時に大切な「間」を学び、聴衆の心を動かす「意外性」を意識するようになった。

 1945年、全ソ連音楽コンクールで優勝。ソ連当局に協力的な人間ではなかったためか、なかなか西側での演奏許可が下りなかったが、1958年、ブルガリアのソフィアで開催したリサイタルが大成功に終わったことにより、西側にもその名声が轟くようになる。1960年、ついに当局の許可が下り、同年10月にアメリカ・デビュー。この公演で大成功を収め、ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーなどの作品を録音、名声を高めた。来日も多く、最高のピアニストと称えられた。晩年は舞台上を極端に暗くし、わずかな明かりの中、演奏していた。1997年8月1日、モスクワで死去。

音楽に巻き込まれる感覚

 リヒテルの演奏は繊細だったり、激情的だったり、重々しかったり、無垢で清らかだったり、異常なまでに速かったり、終わりが見えなくなるほど遅かったりと様々だ。しかし、どんな演奏を聴いても、後に残るものは共通している。すごい音楽を体験したという余韻である。いや、「体験した」ではなく「巻き込まれた」という表現の方が良いかもしれない。彼を衝き動かしているインスピレーションが我々にまで生々しく伝わり、一種の興奮状態へと誘うのだ。

 私の場合、リヒテルのピアノによって魅力を知った作品が数多くあり、それが作品のみならず作曲家に対する興味へとつながることもあった。ハイドン、シューベルト、リスト、フランクのことを好きになったのは、リヒテルのおかげである。聴いたことのない作品でも、いつの間にか距離を縮めて没頭していることが何度もあった。

 音色は磨き抜かれていて美しく、分散和音で滑らかに流れる時は、その綺麗な響きに陶然たる心持ちになる。そんなリヒテルの音を味わうのにうってつけの演奏が、シャルル・ミュンシュ指揮、ボストン響と協演したベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番(1960年録音)だ。オーケストラが険しい崖だとすれば、ピアノは悠々と流れる大河。両者が対照的なので、リヒテルのピアノの特徴が掴みやすい。

 ところで、リヒテルには気難しいキャンセル魔だったとか、誰々と仲違いしたといったエピソードがたくさんある。彼自身も多くの発言や文章を残している。それらは偉大な音楽家の生き方や考え方を知る上で大切な資料である。反面、まだ彼の演奏をあれこれ聴いていない段階で知ると、余計な先入観を生じさせ、純粋な鑑賞を妨げてしまう恐れがある。リヒテル以上にエピソードが豊富で、様々な発言が記録されているグレン・グールドにも言えることだが、彼らが偉大なのは演奏によるものであり、発言やエピソードによるものではない。そのことを踏まえた上で演奏に耳を傾けたい。

バッハ、ハイドン、シューベルト、フランク

 私はリヒテルの演奏を聴き、「作品のみならず作曲家に対する興味へとつながる」ことがあったと書いた。そんな経験をもたらした録音の一つが、ハイドンのピアノ・ソナタ第32番(1984年録音)だ。かつて私にとってハイドンは踏み込みにくい森のような作曲家で、開拓するのに難儀していたが、この演奏を聴き、鮮やかに息づく旋律、美しい珠のような音色、細かく変化するダイナミズムの表現に惹かれ、興味がわいたのである。

 フランクのピアノ五重奏曲(1981年録音)と「前奏曲、コラールとフーガ」(1994年録音)も、この作曲家への興味を掻き立てた録音だ。同じ作品をほかの人の演奏で聴いてもピンとこなかったのに、リヒテルのピアノで聴いた時、暗い情熱の底に崇高な祈りの光を見るような気持ちになり、激しく感動したのである。

 もっと有名な録音では、J.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集(1970年〜1973年録音)がある。その音色はなめらかで、深みがあり、スケール感もある。どの曲の演奏を聴いても、強引な分析や解体をされた形跡はない。バッハの音楽は清らかな光に守られていて、リヒテルは偉大な音楽を弾くための偉大な器となって弾いている。数多あるこの作品の録音の中では、最も風格のある演奏だと思う。

 もう一つの有名な録音、シューベルトのピアノ・ソナタ第21番(1972年録音)はテンポが非常に遅い。しかも底知れぬ美しさを持っていて、聴き手のエネルギーを奪えるだけ奪う。気付けば、いつの間にか深くて暗い場所に連れてこられ、逃れられなくなっている、そんなイメージだ。この作品は演奏によってはよく分からないまま聴き流してしまいがちだが、どんなに危うい魅力に満ちているか、「間」と「意外性」、そして卓越した表現力をもって分かりやすく示した演奏とも言えるだろう。

扉を開けるピアニスト

 ほかにも聴くべきものはたくさんある。モーツァルトのピアノ・ソナタ第18番、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」と「ディアベリ変奏曲」、プロコフィエフのピアノ・ソナタ第7番「戦争ソナタ」、リストのピアノ協奏曲第1番、ドヴォルザークのピアノ協奏曲、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番などは、今後もずっと称賛され続けるだろう。

 何度聴いても圧倒されるのはプロコフィエフのソナタ(1958年ライヴ録音)だ。始まりから終わりまで天才的な閃きに満ちている。プロコフィエフはこの作品をリヒテルが弾けば成功すると確信していたようだが、その通りになった。音楽の大きなうねりを感じさせる「テンペスト」(1961年録音)と「ディアベリ」(1986年録音)も、堂々たる貫禄をもって弾いたリストの協奏曲(1961年録音)も、リヒテルにしかできない演奏だ。

 リヒテルのピアノは聴き手を覚醒させるよりも、音楽の中に没頭させる。そこにはポエジーの力がうごめいている。かといって、コルトー、ソフロニツキー、フランソワとはタイプが違う。彼らには顕著ではないスケール感や造型感がリヒテルのピアノにははっきりとある。

 初めての作品に接する時は、リヒテルの録音があるのなら、それを聴いてみるのがよい。クラシック音楽の中には、重たい扉を持つ作品がある。そのために、どんな曲なのか掴めない、魅力が分からない、ということが起こる。しかし、リヒテルはどの扉もしっかりと開けてくれる。その時、彼のピアノを聴いて感じたことは、すぐにはピンとこなくても、あとで必ず作品や作曲家への理解につながるはずだ。


【関連サイト】
Sviatoslav Richter(CD)