音楽 CLASSIC

エルネスト・ブール 〜至純の現代音楽〜

2021.04.03
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 現代音楽を得意とする指揮者には、総じて知的でクールなイメージがある。彼らが古典派やロマン派の作品を振ると、大抵の場合、音楽の細かい構造が透けて見えるような演奏になる。もやもやしたものが取り除かれ、分かりにくいと感じていたものが分かりやすくなり、クリアーに全体像が見えてくるのだ。

 もっとも、明晰で分かりやすい演奏というだけではじきに飽きが来る。我々が音楽に求めるものは、明晰さが志向する完璧さだけではない。内側から魂を満たす熱いものも必要なのである。現代音楽を振っても、古典を振っても、聴く者を覚醒させ、その上さらに感動させることは容易ではない。それを実現していたのがピエール・ブーレーズやエルネスト・ブールである。

 ブールの指揮でドビュッシーの『海』を聴いた時、私はその魅惑の音色に感覚を刺激され、美しい神秘の世界に浮遊しているような気分になり、ほとんど酩酊していた。その音楽の感触はクールだが、よく聴くと、やさしくてあたたかみがある。特に個性的な演奏というわけではないのに、誰にも表現できない海、どの世界にもない至純の海がそこには広がっていた。

 エルネスト・ブールは1913年4月20日、フランスのティオンヴィル(当時はドイツ帝国)に生まれ、ストラスブール音楽院で学んだ。音楽院ではフリッツ・ミュンシュとヘルマン・シェルヘンに師事。1934年から1936年まで現代音楽の演奏会を企画するなど、若い頃から同時代の音楽の紹介に積極的だった。1941年にミュルーズ響の首席指揮者に就任し、1950年代にはストラスブール市立管、ストラスブール歌劇場の指揮者として活躍した。

 1964年からハンス・ロスバウトの後任としてバーデン=バーデンの南西ドイツ放送響(SWR響)の首席指揮者を務め、1979年まで様々な現代音楽を紹介、録音し、ファンに知られる存在となった。その一方、ハイドン、モーツァルトなどの古典作品で優れた解釈をみせ、(日本ではそれほどメジャーではないが)名匠と謳われた。1970年代後半からはオランダ放送室内管でも指揮をしていた。2001年6月20日、88歳で死去。

 レパートリーは広く、ハイドン、モーツァルト、ブラームスから、マーラー、ドビュッシー、ラヴェル、ストラヴィンスキー、バルトーク、オネゲル、さらにツィマーマン、クセナキス、リゲティ、ケレメン、グレツキ、フーバーにまで及ぶ。録音の量も多く、南西ドイツ放送響時代の放送録音を含めると相当な数に上る。

 幸いなことに、代表的な名演奏をまとめたアルバムがある。SWR響との録音集『L'œuvre du XXe siècle』のVol.1とVol.2(各4枚組)だ。これに収録されているドビュッシーの『海』(1968年録音)、ストラヴィンスキーの『春の祭典』(1969年録音)、ラヴェルの『マ・メール・ロワ』(1972年録音)と『クープランの墓』(1974年録音)、ルーセルの交響曲第3番(1977年録音)、シェーンベルクの『5つの管弦楽曲』(1962年録音)と『管弦楽のための変奏曲』(1972年録音)、バルトークの『ディヴェルティメント』(1969年録音)の演奏は掛け値なしに素晴らしい。至純の音が泉のように湧いてきて、創造的な表現を以て聴き手を高揚させる。

 『春の祭典』を聴くだけでも、ブールが非凡な才能を持った指揮者だということが即座に分かるだろう。やさしいフレーズは本当に柔らかで美しく、楽器の音を慈しむように操っている。ここぞという時は凄まじいエネルギーが横溢するし、クライマックスも暴力的だ。しかし巷によくある攻撃本位の演奏ではない。作品への愛と理解にあふれた演奏である。私はこの作品を聴いて興奮することはあっても、感動するということはほとんどないが、これには深く感動した。

 ラヴェルの『マ・メール・ロワ』や『クープランの墓』も慈愛を感じさせる演奏で、ただ精緻な美しさを持っているだけでなく、なんとも言えないぬくもりがある。ラヴェルはブールがもっとも好んだ作曲家の一人で、ほかにもアーリン・オジェーが独唱を務めた『シェエラザード』(1975年録音)、世界初録音となったオペラ『子供と魔法』(1948年録音)、『ダフニスとクロエ』(1974年録音)がある。『子供と魔法』はオーケストラ(フランス国立放送管弦楽団)のすっきりとした響きの中、歌手陣の自由な活気が波打っている。

 戦後の現代音楽ではリゲティの『アトモスフェール』(1966年録音)が有名だ。スタンリー・キューブリック監督作『2001年宇宙の旅』のサントラにも収録されているものだが、最初に映画で聴いた時は(映画の内容共々)意味不明だった。録音だけ聴くと、音の塊の予測不可能な動きを見ているような不思議な気分になれる。クセナキスの『アラクス』(1985年録音)も良い演奏だ。過剰で不気味な響きの中に、うねるような光と色彩と暗黒体の渦が出現し、聴覚を覚醒させる。

 ブールの代表盤として、モーツァルトの交響曲集も挙げておきたい。優れた演奏、普通の演奏と混ざっているが、第29番、第40番は名演だ。現代音楽のスペシャリストが手すさびにやったクオリティではない。フォルムがしっかりとしていて、スマートで聴きやすいだけでなく、繊細に扱われるフレーズの一つ一つが生き生きとしていて、潤っている。もっと多くの人に聴かれるべき録音だと思う。


【関連サイト】
Ernest Bour(CD)