音楽 CLASSIC

イルムガルト・ゼーフリート 〜伝説のアンサンブルの花形〜

2022.04.03
「彼女は心で歌うことを知っていた」

seefried j1
 イルムガルト・ゼーフリートは、戦後のウィーンで活躍した「モーツァルト・アンサンブル」の一員である。オペラのみならず、リートやオラトリオでも高く評価されていた人で、かつて同じ舞台に立っていたエリザベート・シュヴァルツコップからは次のように賞賛されていた。
「私たちは、皆、彼女のことを羨んでいました。私たちが苦心して身につけなければならないことが、彼女にとっては極めて自然で、当然のことであるかのように思えたからです。彼女は心で歌うことを知っていたのです」

 1945年3月12日、ウィーン国立歌劇場は爆撃を受けて破壊された。そのため、戦後の10年間、歌劇場のメンバーはアン・デア・ウィーン劇場を使用していた。当時は物質的に恵まれていなかったが、名指揮者ヨーゼフ・クリップスの指導の下、歌手たちは切磋琢磨し、練習に打ち込んでいたという。やがて、そこで上演されるモーツァルトのオペラはウィーン名物となり、出演者たちは「モーツァルト・アンサンブル」と称されるようになった。

 1943年からウィーン国立歌劇場で歌っていたゼーフリートは、このアンサンブルの花形歌手として『フィガロの結婚』のスザンナ、『コジ・ファン・トゥッテ』のフィオルディリージ、『ドン・ジョヴァンニ』のツェルリーナ、『魔笛』のパミーナを歌い、類稀なる美声と豊かな表現力で聴衆を虜にした。ザルツブルク音楽祭にも1946年から1964年までほぼ毎年のように出演し、オペラやリートを歌っていた。

 当時の「モーツァルト・アンサンブル」のライヴ録音を聴いていると、自由で活発な雰囲気があり、心が弾む。後にゼーフリートがこの時代を回想し、「室内楽的なフィーリングを味わうことができた」と語っているように、歌手たちの息は自然に合っている感じがするし、観客との距離感も近く親密そうで、皆でオペラを楽しんでいる様子が伝わってくる(戦後のオペラ・コミーク座の音源にも似たような空気が流れている)。ゼーフリートはそこで成長した根っからの舞台人である。

主要なレパートリー

 生まれたのは1919年10月9日、バイエルン州で教育を受け、アウクスブルク大学に入学。1940年にアーヘン市立歌劇場で『アイーダ』の巫女役を歌い、デビューした。当時の音楽監督はヘルベルト・フォン・カラヤンである。歌手としてのキャリアは、その後36年間に及んだ。1976年に引退してからは後進の指導にあたり、1988年11月24日、69歳で死去。私生活では1948年に名ヴァイオリニストのヴォルフガング・シュナイダーハンと結婚し、子供をもうけている(娘のモナは女優、バルバラは舞台・衣装デザイナーになった)。現在、ゼーフリートとシュナイダーハンは同じ墓に眠っている。

 モーツァルトの作品以外での当たり役は、リヒャルト・シュトラウスの『ナクソス島のアリアドネ』の作曲家役。1944年6月にシュトラウス生誕80年記念公演で歌った際には、シュトラウス本人から「私の『作曲家』があんなに素晴らしい役だとは全然知らなかった」と褒められたという(当時ゼーフリートは24歳だった)。また、同じ作曲家の『ばらの騎士』のオクタヴィアン役も得意としていた。ちなみに、ウィーンでは作曲家役を1943年から1969年まで、オクタヴィアン役を1960年から1970年まで歌っていた。

 他にも、『フィデリオ』のマルツェリーネ、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』のエヴァ、『カルメン』のミカエラ、『トゥーランドット』のリューを持ち役としていた。さらに加えると、『ジュリアス・シーザー』のクレオパトラ、『売られた花嫁』のマリー、『青ひげ公の城』のユディット、『ヴォツェック』のマリー、『カルメル派修道女の対話』のブランシュなどがある。

ゼーフリートの歌声

 ゼーフリートは自然に役に入り込み、感情表現する。その歌声は清らかさと温かさをたたえており、無垢な情熱とでも呼ぶべきものに包まれている。鼻につくような解釈や技巧は感じさせない。役になりきった歌手の肉体と感情から自ずと生まれる歌。ただし、情熱だけでなく品もあり、美しさを損なうようなことはしない。

 レパートリーを見てみると、「誘惑される女」や「恋する女」の役が圧倒的に多い。そういった役を選んでいたことには彼女なりの理由があり、例えば『ドン・ジョヴァンニ』のエルヴィラ役を頼まれた時は、「(エルヴィラに対するドン・ジョヴァンニの態度には)ツェルリーナを口説くときのような優しさ、素晴らしい男らしさ、あの抱擁がない」ために断っていた。エルヴィラの方が目立つ役だとか、そういうことには興味がなかったらしい。

オペラの録音

 オペラの録音では、カール・ベーム指揮によるモーツァルトの『コジ・ファン・トゥッテ』(1954年ライヴ録音)、『ドン・ジョヴァンニ』(1955年ライヴ録音)、『フィガロの結婚』(1957年ライヴ録音)、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮による『魔笛』(1949年ライヴ録音)、カラヤン指揮による『魔笛』(1950年録音)を名唱の記録として挙げておく。特筆すべきは、彼女が「決して遊び半分のいい加減な娘ではない」と擁護したフィオルディリージ役で、「岩のように動かずに」はテンポが極度に速くて歌うのも大変そうだが、「恋人よ、許してください」はぞくぞくするほど艶があって美しく、フェランドとの二重唱では情熱の高ぶりを見せていて感動的だ。

 リヒャルト・シュトラウスの『ナクソス島のアリアドネ』は、ベーム指揮の1954年ライヴ盤、カラヤン指揮の1954年録音盤が最高。どちらを聴いてもゼーフリートの情熱と品を兼ね備えた歌声、自然なニュアンスの付け方に魅せられる。ラファエル・クーベリック指揮によるバルトークの『青ひげ公の城』(1962年ライヴ録音)も名演で、深い心理表現に引き込まれる。オペラではないが、ヴェルナー・エックの『4つのカンツォーナ』(1960年録音)も、変化に富んだフレーズやリズムに完璧に対応した歌いっぷりがすがすがしい。

リートと宗教曲の録音

 リートの分野でも名盤が多い。私がよく聴くのは、オルフェオからリリースされた『ゲーテの詩による歌曲集』だ。伴奏者はエリック・ウェルバ。前者は1957年のザルツブルク音楽祭の音源で、ライヴらしいハプニングもあるが、声の調子は良い。私が好きなシューベルトの「春に」でも美しい歌を聴かせている。速めのテンポで、表情を付けすぎず、それでいて情感に不足はない。恋の傷を抱えながらも、虚無感の中に沈潜せず、前を向いて歩いている感じがするところが良い。

 グラモフォンからリリースされた『Lieder』は1953年から1958年にかけて録音されたものをライヴ音源も含めて収録した2枚組。こちらも伴奏者はウェルバだ。モーツァルトやシューベルトの有名曲では計算を感じさせない自然な表現で歌い、ムソルグスキーの『子供部屋』やバルトークの『村の情景』では、生彩ある自由な歌い方で聴き手を別世界へと誘う。リートの面白さ、奥深さを味わえる名唱集である。

 彼女が得意としていたヴォルフの歌曲の中では、「心変わりした娘」と「エオリアン・ハープに寄す歌」が絶品で、過剰にならない程度に翳りを漂わせた歌い口に魅せられる。フィッシャー=ディースカウと歌った『イタリア歌曲集』(1958年ライヴ録音)では、恋愛感情の不安定で細かな起伏を率直かつ大胆に表現。様々に解釈の施された録音があるが、ゼーフリートの歌はいわば感情に生きる女のドラマで、バリトンの慎重かつ巧緻な表現とコントラストを成している。

 宗教曲の録音も少しだけ紹介しておく。まずカール・リヒター指揮の『マタイ受難曲』(1958年録音)。これは演奏史に残る名盤で、多くの人に聴かれている。ただ、彼女のソプラノに関しては、カラヤンの指揮で歌った時(1950年ライヴ録音)の方が、より清澄で透明感がある。イーゴリ・マルケヴィッチ指揮、ベルリン・フィルの演奏によるハイドンの『天地創造』(1955年録音)も有名。無垢な情熱を感じさせる歌声で、天使降臨の雰囲気に満ちている。


【関連サイト】