音楽 POP/ROCK

ザ・トイズ 「ラヴァーズ・コンチェルト」

2014.05.08
ザ・トイズ
「ラヴァーズ・コンチェルト」
(1965年/全米No.2)

 クラシック音楽が原曲になっているポップスは数多あるが、「ラヴァーズ・コンチェルト(A Lover's Concerto)」ほど原曲にまさるとも劣らぬ魅力を感じさせる曲を私は知らない。歌詞もアレンジも秀逸で、何度聴いても飽きることなく、草原に吹く風のようにみずみずしいフィーリングで胸を満たしてくれる。春にぴったりのラヴ・ソングだ。

 プロデューサーはサンディ・リンザー&デニー・ランドル。彼らはフォー・シーズンズの楽曲を手がけたことでも知られており、サンディの方はオデッセイの「Use It Up and Wear It Out」もプロデュースしている。この2人がめざましい飛躍を遂げるきっかけとなったのが「ラヴァーズ・コンチェルト」で、1965年8月にザ・トイズのレコードがリリースされると、アメリカとイギリスで大ヒットを記録した。
 バーバラ・ハリスがリード・ヴォーカルを務める3人組、ザ・トイズの目立ったヒット曲は「ラヴァーズ・コンチェルト」くらいである。この1曲でポップス史に未来永劫消えることのない名を残したといえる。チャイコフスキーの『くるみ割り人形』をイントロに用いた次作「恋のアタック(Attack!)」も通好みの曲でクセになるが、音程をとるのが難しく、万人が親しめる感じではない。

 「ラヴァーズ・コンチェルト」はサラ・ヴォーンをはじめ多くの歌手がカバーしているが、オリジナル版が持つ魅力は格別だ。ここには聴く者を虜にする愛らしさ、新鮮な息吹、普遍的なメロディーにふさわしい美声、確かな技術のすべてが過剰にならない程度につまっている。

 原曲はJ.S.バッハの『アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帖』に収められていたもので、「バッハのメヌエット」として知られていたが、実際に作曲したのはクリスティアン・ペツォールトだといわれている。もしバッハの音楽帖に記されていなければここまで世に浸透していなかったかもしれない、と考えると、ひとつの曲に与えられた数奇な運命というものを感じざるを得ない。

 メロディーはシンプルな美しさをたたえているが、歌詞はシンプルなラヴ・ソングというわけではなく、パラグラフごとに微妙に異なる心理を表現している。
 最初のパラグラフは「How gentle is the rain that falls softly on the meadow.」ではじまり、緑の草原をしっとりと濡らす雨の場景を描き出す。冒頭にこういう歌詞をあてただけでもサンディ・リンザーとデニー・ランドルのセンスの良さが伝わるというものだ。恋が始まった日、主人公の女性の目には全ての光景が美しく見えている。そして恋に落ちたことを神の思し召しのように感じている。

 その後、主人公は実際に2人が付き合うシチュエーションを想像する。そこには不安の影がある。主人公は相手に「夜に寂しい思いをさせて泣かせるなんてことはしないでね」とお願いする。さらに、恋が始まった今日という日を忘れないでほしいと釘をさす。男の愛がさめたり、浮気されたりするのがすでに心配なのである。

 後半に入ると、主人公は恋人と共にまたこの草原を訪れる日を思い描き、胸を躍らせる。未来を語るその調子は、まるで自分に言い聞かせているかのようでもある。しかし最後のセンテンスは、「もしあなたの愛が本物なら、この世のすべてが素晴らしいものに思えることでしょう」。愛が本物でなければ、その逆になる、という意味も暗に含めているのだ。彼女にはまだ相手の愛が本物かどうか分からず、希望は抱いているものの信じきってはいない。その日が来るのはまだ先なのである。

 曲調だけだと屈託のないラヴ・ソングに聞こえるが、ここには不安や怯えをも包括したリアルな恋情がさりげなく描きこまれている。それでも主人公は丘の向こうに見える「The blight colors of the rainbow」を前にして決意を固め、恋の一歩を踏み出す。
 この虹が、新しい恋、新しい希望の光を示しているのはいうまでもない。主人公は過去の恋愛で孤独を味わい、傷を負ったことがあるのかもしれない。そうでなければ「Don't ever make me cry through long lonely nights without love.」という発想はなかなか出てこない。一方で、私のことをちゃんと愛してくれればあなたも幸せになれるはずだ、という一人の女性としての自信もうかがえる。そういう奥行きも含めて味わい深い歌詞に仕上がっていると思う。
(阿部十三)


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