音楽 CLASSIC

ジノ・フランチェスカッティ 〜ニコロ・パガニーニの直系〜

2013.05.14
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 ジノ・フランチェスカッティのヴァイオリンは聴く者を幸福な気分にさせる。その音は豊潤で、艶やかで、屈託がない。深刻ぶったところもない。心地よさを伴いながら耳の中にすべりこみ、鼓膜に浸透し、全身に行き渡る。深みが足りないとか、精神性に欠けるという人もいるが、根が明るく解放感に満ちたヴァイオリンにそんなものを求めるのは野暮というものである。

 1902年8月9日、フランスのマルセイユ生まれ。両親もヴァイオリニストで、父親はパガニーニの弟子エルネスト・カミッロ・シヴォーリに師事していた。そんなわけで、フランチェスカッティはパガニーニ直系の弟子といわれている。
 英才教育が本格的に始まったのは5歳の時。10歳の時に公開演奏を行い、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を披露した。故郷マルセイユで正式にデビューしたのは1918年。父親の勧告で法律も学ぶが、1924年にパリ楽壇にデビュー。ジャック・ティボーの薫陶を受けた。その後、ラヴェルと組んで演奏会を開き、さらに名声を高める。一時、エコール・ノルマルで教鞭を執っていたこともある。1939年、渡米。ニューヨークで成功を収めると、そのままアメリカに定住した。後年はロベール・カザドゥシュとのコンビで数々の名録音を遺したが、ソリストとしても息が長く、技術の衰えをほとんど見せることなく、1976年に引退。1991年9月17日にラ・シオタで亡くなった。

 聴く者を幸せな気分にさせるヴァイオリンで真っ先に思い浮かぶのは、師のジャック・ティボーである。彼はその著書『ヴァイオリンは語る』で、若い頃、日曜毎に叔父が住んでいる煤けたアパルトマンを訪ねて演奏し、住民たちの人生に光明をもたらしたと書いている。彼のヴァイオリンの音色を聴いて、離婚寸前の夫婦が仲直りしたり、中年男が自殺を思いとどまったり、ガミガミ屋の門番女が天使のような性格になったりしたというのだ。ティボーが若い頃の録音は極度に古いため、それらを聴いても正確な批評は出来ないが、確かに音楽が魔法のように人の心を動かすことはある。彼はそういう音を自在に操ることが出来たのだろう。
 フランチェスカッティにも似たような資質がある。正直なところ、彼が遺した録音には、「この作品なら、この1枚さえあればいい」といいたくなるほど決定的なものは、ほとんどない。サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番や「序奏とロンド・カプリチオーソ」、ヴィターリのシャコンヌ、ラロのスペイン交響曲、ベートーヴェンの「クロイツェル」、パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番など、ファンから絶賛されてきた録音はいくつかあるが、「無双の名盤」とはいい切れない。ただ、そのヴァイオリンには、彼にしか出せないベルカントのエキスがたっぷり含まれている。音の曲線が光っているように感じられるほど、美しい。激しいパッセージでも聴く者を緊張させない。そこには耳が喜悦する快感、幸福感が広がっている。

 技術に衰えがなかったことは、1974年4月に演奏されたブラームスのヴァイオリン協奏曲を聴いても分かる(指揮はエルネスト・ブール)。引退を控えた71歳のヴァイオリニストとは思えないほど雄弁で、音色も艶々している。演奏の出来としては、レナード・バーンスタインと協演した1961年の録音より良いくらいだ。
 1950年5月に録音されたバッハの無伴奏パルティータ第2番も、大言壮語的な濃厚さや深刻さとは一線を画した美音と名技が素晴らしい。バッハにしても、モーツァルトにしても、「もしパガニーニが弾いたら、こんな風になるかもしれない」と思わせる無色の気迫のようなものが、音楽の底を覆っている。同じようなことはザルツブルク音楽祭ライヴ(1958年8月)にもいえるし、本家本元のパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番のライヴ(1946年1月)にもいえる。パガニーニの方はユージン・オーマンディと協演した有名な録音(1950年1月)もあり、演奏はこちらの方が安定しているが、私は高揚感に満ちあふれたライヴ盤を愛聴している。


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ジノ・フランチェスカッティ(CD)