音楽 POP/ROCK

カーディガンズ 『ロング・ゴーン・ビフォー・デイライト』

2025.07.27
カーディガンズ
『ロング・ゴーン・ビフォー・デイライト』
2003年作品

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 メイヤ、クラウドベリー・ジャム、カーディガンズ。10月に東京で開催されるイベント『SWEDISH POP CARNIVAL』の出演者の顔ぶれに思わず胸がときめいたという人が、恐らく40代後半以上の日本人の中に少なからずいたのではないかと思う。英米ではオルタナティヴなロックやエレクトロニック音楽が主流だった1990年代半ば、どこかレトロで甘酸っぱいギターポップを志向するスウェーデン人アーティストたちの感性が日本のリスナーの心に刺さり、同時期に進行していた渋谷系のムーヴメントともシンクロ。海外ではどこよりも早く日本でブレイクするというケースも珍しくなかった。中でも、南部の地方都市ヨンショーピング出身のカーディガンズ――ニーナ・パーション(ヴォーカル)、ピーター・スヴェンソン(ギター)、ベン・ラガーバーグ(ドラムス)、マグナス・スヴェニンソン(ベース)、ラーズ・オロフ・ヨハンソン(キーボード)――はご存知の通り、名プロデューサーのトーレ・ヨハンソンとのコンビで、日本人にとってのスウェディッシュ・ポップのテンプレートを確立したと言えなくもない。セカンド『Life』(1995年)収録の「Carnival」然り、サード『First Band on the Moon』(1996年)収録の「Lovefool」然り。

 そんな彼らが単にラウンジーでキュートなだけのバンドではないことは、デビュー作『Emmerdale』(1994年)にあったブラック・サバスの「血まみれの安息日」のカヴァーが物語っていたと思うのだが(カーディガンズは『First Band〜』でもブラック・サバスをカヴァーしている)、5人は4作目『Gran Turismo』(1998年)に至っていよいよヘッドバンガーの本性も現し、ロックバンドとしての実力を前面に押し出す。引き続きトーレがプロデュースしたものの、同作はマイナー・コードのメランコリックなトーンに貫かれ、日本では戸惑うファンが多かった一方、欧米で大ヒットを博して本格的にブレイク。スウェーデンのグラミー賞にあたるGrammisでは最優秀アルバム賞と最優秀ポップ・グループ賞に輝いている。

 このあとバンドは活動を休止し、ニーナはニューヨークに拠点を移すと、パートナーである元シャダー・トゥ・シンクのネイサン・ラーソンと新バンド=ア・キャンプを結成。アルバム『A Camp』(2001年)を送り出し、マグナスもライチャス・ボーイを名乗ってソロ活動を始め、ピーターはケントのシンガーであるヨアキム・ベリイとのデュオ、ポーズの名義でアルバム『Paus』を1998年に発表している。

 そして、前作から5年の空白を経て6作目『Long Gone Before Daylight』(2003年/スウェーデン・チャート最高1位)が登場。冒頭の曲「Communication」はある意味で、彼らがカムバックに5年を要した理由を仄めかしているのかもしれない。そう、『Gran Turismo』は非常に重要な作品だったものの、レコーディング中にバンド内の人間関係が悪化。本作に着手するにあたって5人は時間をかけて関係を修復したといい、作詞を担当するニーナはタイトル通りに、コミュニケーションの行き違いを淡々と描いているのだから。

 と同時に、本作はまぎれもないブレイクアップ・アルバムでもある。制作当時ネイサンと結婚して間もなかったニーナが、なぜこうまで絶望的な曲ばかり綴ったのか知る由もないが、彼女は終始〈愛の死〉を歌い続ける。危うい愛にすがろうとする「You're the Storm」はきな臭いメタファーが破滅的な展開を予感させるし、「And Then You Kissed Me」はDVが、「Feathers and Down」はアルコール依存がカップルに及ぼすダメージを描写。同じスウェーデン出身のサイケ・バンド=ザ・サウンドトラック・オブ・アワ・ライヴスのエボット・ルンベリをゲストに迎えた「Live and Learn」では、壊れた関係から学ぶべきことを探しているようでもあり、全体的に怒りよりも哀しみが勝っていて、相手の欠点を補い、傷を癒そうとするものの、成す術もない自分の無力さを嘆いている。

 フリートウッド・マック調のファースト・シングル「For What it's Worth」は、そんな中で少し趣向が異なる1曲だ。カジュアルな恋を楽しんでいたカップルの片割れが、〈愛〉という言葉を口にした瞬間にふたりの関係が変質する――という筋書きなのだと筆者は理解しているが、ここでもニーナは〈For what it's worth I love you/And what is worse I really do(どれだけの意味があるのか分からないけど、あなたを愛している/しかも厄介なことに、それが偽りのない私の気持ち)〉というサビのフレーズで、聴き手を打ちのめす。(のちに名曲「Your Love Alone Is Not Enough」で彼女をゲストに迎えるマニック・ストリート・プリ―チャーズのニッキー・ワイアは、この曲の歌詞を〈史上最高〉と賞賛している)。そしてラストを飾る眠れぬ夜のララバイ「00:35:No Sleep」は、嵐の前の静けさ? それとも嵐が過ぎ去ったあとの静寂なのか。どちらにせよ、たとえようもない終末感を漂わせてアルバムは終わっていく。

 それでいて、居心地良さげなジャケットが示唆しているように、バンドが鳴らしている音は前作の硬質で冷たい感触とは一線を画す温もりを湛え、言葉からは窺えない救いを提供。ニーナの声からも憂いだけではなく、今までにないインティマシーと包容力を引き出している。調べてみると、当初はいつものようにトーレと作業を始めたものの出来に満足できず、彼らは改めて、スウェディッシュ・ポップのキーパーソンと呼ぶべきペール・サンディング(エッグストーンのフロントマン。プロデューサーとしてもワナダイズやピーター・ビヨーン・アンド・ジョンの作品で活躍する)との共同プロデュースでこれらの曲をレコーディング。ニーナの声にさりげなく寄り添うペールのバッキング・ヴォーカルを含めて、選び抜かれた構成要素を用い、カントリー〜ウエストコースト・ロックに接近するオーガニックでレイドバックなサウンドで、全編をまとめ上げたのである。もちろん、こんなカーディガンズと出会うのは初めてだった。

 「Carnival」から僅か10年足らずでこのような境地に達したカーディガンズは、Grammisで2枚連続となる最優秀アルバム賞を獲得。次いで、本作のカントリー路線をより粗削りでアップビートに表現した7作目『Super Extra Gravity』(2005年)をリリースしたあとは、ツアー・バンドとしてのみ存続している。(作曲をほぼ一手に手掛けていたピーターがバンド活動を休んでおり、彼が戻らない限りアルバムはまず作らないという)。今年の夏も幾つかのフェスティバルに出演しているが、セットリストを見ると3割以上が『Long Gone Before Daylight』の収録曲で占められており、このアルバムへの思い入れはかなり深いと見た。12年ぶりの来日を機に記憶をリフレッシュしようというのであれば、初期作もさることながら、本作の枯れの美学もお忘れなきよう。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『Long Gone Before Daylight』収録曲
1. Communication/2. You're The Storm/3. A Good Horse/4. And Then You Kissed Me/5. Couldn't Care Less/6. Please Sister/7. For What It's Worth/8. Lead Me Into The Night/9. Live and Learn/10. Feathers And Down/11. 03.45: No Sleep

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