音楽 CLASSIC

アンドレ・クリュイタンス 〜オペラ指揮者としての評価〜

2011.07.21
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 アンドレ・クリュイタンスはフランス音楽のスペシャリストとして知られている。その指揮棒から生み出される音楽は、エレガント、粋、エスプリ、洗練、色彩感、香り高い、といった言葉を並べて説明されることが多い。しかし、それらの言葉はどこまで本質をついているのだろうか。使いようによってはどうにでも使える言葉を、日本人が抱いている「フランス」のイメージに絡めて使っているにすぎないのではないか。少なくとも一人の指揮者の特性をとらえた言葉とは言いがたいように私には思える。
 それでは、クリュイタンスの特性とは何なのか。

 私にとって、クリュイタンスはクラシック音楽の深い森の入り口にいた指揮者である。過去にあれこれ聴いてきたが、彼の指揮ならではの魅力というものがなかなか掴めなかった。それがようやく分かったような気がしたのは、彼自身が最も気に入っていたというラヴェルの『マ・メール・ロワ』や名盤として必ず挙がる『ダフニスとクロエ』の録音ではなく、ビゼーの『カルメン』の録音を聴いてからである。さらに同じ作曲家の『真珠採り』、オッフェンバックの『ホフマン物語』を聴くに及んで、彼が真に天才と呼ぶに値するオペラ指揮者であり、歌手(声楽)の扱いに驚くほど長けていたことを確信するに至った。あまりそういう面から語られた文献が見当たらないのだが、実際にプロフィールを見ても、彼とオペラが生まれた頃から切っても切り離せない関係にあったことが分かるだろう。

 アンドレ・クリュイタンスは1905年3月26日、ベルギーのアントワープに生まれた。父は王立フランドル歌劇場の指揮者、母はオペラ歌手。1914年から王立音楽院で学び、卒業後、王立フランドル歌劇場の合唱指揮者になり、父親の指導を受けた。1927年同歌劇場でビゼーの『真珠採り』で指揮者としてデビュー。1932年からトゥールーズのカピトール劇場の首席指揮者となり、その後リヨン、ボルドーの歌劇場でキャリアを積む。1940年にフランス国籍を取得。1947年パリ・オペラ・コミーク座の音楽監督に就任、1949年にはシャルル・ミュンシュの後任としてパリ音楽院管弦楽団の首席指揮者となり、フランスを代表する指揮者として活躍した。

 1955年からフランス国外での指揮活動も活発になり、同年5月に初めてウィーン・フィルを指揮、8月にはフランス系の指揮者としては初めてバイロイト音楽祭に招かれ、『タンホイザー』を指揮。1956年にはカール・シューリトと共にウィーン・フィルのアメリカ演奏旅行を大成功へと導いた。1960年からはベルギー国立管弦楽団の首席指揮者も務めていた。1964年パリ音楽院管弦楽団と共に来日。その時の名演は音源として残っている。1967年6月3日、癌のため62歳で死去。その後、パリ音楽院管弦楽団が発展的に解消し、パリ管弦楽団が設立されたことは周知の通りである。

 中学2年生の時、私は実家にあった『世界の大音楽』(小学館)の中の一枚を聴き、それがきっかけとなって、クラシックを真剣に聴くようになった。それがクリュイタンス指揮によるベートーヴェンの交響曲第5番「運命」だった。それまで第1楽章しか知らなかった「運命」を初めて全楽章聴き通した後に味わった異様な興奮と不思議な感覚は、今でも覚えている。あの体験がなければ、クラシックに夢中になることはなかったかもしれない。それくらい大事な指揮者だというのに(しかも、聴いた後の感覚は覚えているというのに)、当時、演奏自体からどんな印象を受けたのか、どんな衝撃を受けたのか、同じ録音を聴いても全く思い出せない。

 ところが「声」を扱う作品となると、記憶に食い込むほど強い印象や衝撃を伴って響いてくるから面白い。例えば同じベートーヴェンの「第九」。この第4楽章は、数多ある名盤の中にあっても、合唱の素晴らしさが際立っている。ただ、合唱の質が凄く高いという意味ではない。オーケストラの演奏が、合唱を一切妨げることなく、巧みに絡みながら、ダイナミックに引き立てているため、「素晴らしく聞こえる」のだ。1955年にバイロイト音楽祭で指揮したワーグナーの『タンホイザー』でも、歌手陣の力強く生き生きとした歌唱にまず耳を奪われる。これを以て最高の『タンホイザー』とする人も少なくない。

 お得意の「フランスもの」では、オペラ・コミーク座時代の『ホフマン物語』(1948年録音)、『カルメン』(1950年録音)、『真珠採り』(1954年録音)が魅力的だ。キャストが心から録音を楽しみ、その場でアイディアを出し合い、実際の公演のように豊かな表情をつけながら歌を吹き込んでいる様子が、録音現場の和気藹々とした空気と共に伝わってくる。聴いているだけでうきうきし、まるで映画『天井桟敷の人々』に出てきそうなパリの小さな劇場で賑やかな観客たちと共に聴いているような錯覚を覚えてしまう。グランド・オペラのような『カルメン』も結構だが、こういう風に身軽で、余計な飾りがなく、それでいてツボをしっかりと押さえた、昔ながらのヴォードヴィル風味の演奏の方が、私はすんなりと感情移入出来る。「演奏」というよりはそのまま「ステージ」と呼びたいくらいの臨場感があり、歌手と演奏者と指揮者と観客の間に距離を感じさせないのだ。

 クリュイタンスは歌手を自分の美学で縛り上げることなく、その個性を解放し、縦横に実力を発揮させる術を心得ていた。その上でオーケストラを繊細に、時に劇的に絡ませ、歌や合唱の美点を最大限に引き立てる。「自分が主役」という人ではないのだ。クリュイタンスが歌手たちから愛され、慕われる存在だったであろうことは容易に想像が出来る。そんな彼の特性は、1960年代に録音されたムソルグスキーの『ボリス・ゴドゥノフ』、ドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』、プッチーニの『トスカ』、フォーレの「レクイエム」などでも確認出来る。ただし、1964年から翌年にかけて録音された二度目の『ホフマン物語』は、歌手陣もオーケストラも達者だが、いかにも拵え物という感じがして、オペラ・コミーク時代にあった味わいが消えている。

 ソリストの美点を引き立てるクリュイタンスの指揮は、協奏曲の伴奏でも成果を上げている。エミール・ギレリスをサポートしたサン=サーンスのピアノ協奏曲、サンソン・フランソワとのラヴェルのピアノ協奏曲、ダヴィド・オイストラフとのベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、ドミトリ・ショスタコーヴィチの自作自演によるピアノ協奏曲あたりは、クリュイタンスのタクトの冴えを堪能するのにうってつけだろう。

 オーケストラ作品でも、ベルリオーズ、ドビュッシー、ラヴェルなど、お薦めの録音は少なくないが、それよりも何よりもクリュイタンスにはオペラやオペレッタの録音を沢山残してほしかった。


【関連サイト】
アンドレ・クリュイタンス(CD)