文化 CULTURE
  • 高村光太郎は1945年5月に岩手の花巻に疎開して同地で終戦を迎え、10月から太田村山口に建てられた小屋に住み、7年の月日を過ごした。花巻に来たのは、東京のアトリエが4月の空襲で罹災し、宮沢賢治の弟に招かれたからだが、そのまま留まったのは本人の意思である。その小屋は「高村山荘」として現在も残っていて、套屋によって保護されている。高校卒業まで約10年間岩手に住ん...

    [続きを読む](2017.06.03)

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