音楽 CLASSIC

フリッツ・ライナー 〜最小限の力で生まれる強靭な音楽〜 その2

2011.08.06
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 シカゴ響との録音の中では、ベートーヴェンとR.シュトラウスの演奏が傑出している。この2人の作曲家のものなら何を聴いてもハズレはないが、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」、第9番「合唱」、序曲「コリオラン」、R.シュトラウスの『英雄の生涯』、『ドン・キホーテ』、『エレクトラ』(抜粋)、『ドン・ファン』(ステレオ盤)は、同曲屈指の名盤として傾聴に値する。奇をてらわず、真っ向勝負で、作品の魅力をダイレクトに伝える演奏だ。

 この2人の作曲家以外では、ワルツを集めた『美しく青きドナウ〜ウィンナ・ワルツ名演集』が素晴らしい。デュナーミクの面から語られることの多いライナーだが、こういうアルバムを聴くとフレージングの巧さに溜め息が出る。ワルツのリズムは何曲も続けて聴いていると疲れる、という私のような人間でも、ライナーの指揮で聴くと全くだれることなく楽しめる。
 ハイドンの交響曲第88番「V字」は、この作曲家の交響曲の奥深さ、面白さを伝える逸品として紹介しておきたい。とにかく音符が立体的に浮き上がってくるような錯覚を覚えるほど明晰、かつ、躍動感に溢れた演奏である。個人的に、この録音を知らなければハイドンの交響曲に夢中になることはなかったと思う。
 そして、定番のバルトークの『オケコン』。この作品にはほかにも優れた録音が結構あるので、ライナー盤にこだわる必要はないが、バルトークの得体の知れない世界観をきれいに噛み砕いているので、入門盤として最適だ。

 メトロポリタン歌劇場時代の音源では『サロメ』が聴きものだ。とくに1949年3月12日のライヴ盤。驚くほどオーケストラがしょぼいが、その救いようのない拙さをライナーの指揮がカバーし、どうにか聴ける演奏になっている。ライナーの臨機応変ぶりが楽しめる音源だ。リューバ・ヴェリッチュもクライマックスで壮絶な熱唱を披露しているので、『サロメ』が好きな人なら聴いておいて損はない。

 ウィーン・フィルと録音したブラームスの『ハンガリー舞曲集』、ドヴォルザークの『スラヴ舞曲集』の抜粋は広く知られている。自分のオーケストラに対する接し方とは違い、楽団員たちを締め上げている感じがあまりなく、往年のウィーン・フィルの美しい響きをストレートに引き出している。こういうスタンスは同郷の指揮者ジョージ・セルとも似ている。
 ウィーン国立歌劇場再建時(1955年)の柿落し公演の音源も、2005年に発売された。演目はワーグナーの『ニュルンベルクのマイスタージンガー』。リズムの処理がうまく、一切もたつくことなく、この大作を一気に聴かせてしまうところが、いかにもライナーらしい。

 それにしてもライヴ盤が極端に少ない。いくつか出ている音源は、この指揮者の真価を伝えるものとは思えない。オペラの音源が数えるほどしかないのも惜しまれる。欲を言えば、ライナーが指揮した『神々の黄昏』や『パルジファル』を聴いてみたかった。『神々の黄昏』の一部はシカゴ響と録音しているが、この痛快な演奏を聴く度にそう思う。

 私がライナーの指揮に惹かれたのは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番のレコードからである。ピアニストはアルトゥール・ルービンシュタイン。2人は相性が悪く、かなり険悪な雰囲気の中で録音されたものらしい。が、これは私にとっては思い出深い演奏だ。第1楽章の展開部のクライマックスで、ほかの指揮者の演奏では耳を素通りしていた木管の音が鮮明に聞こえてきた時のことを今でも覚えている。私は不思議に思い、もう一度聴き直した。そして「指揮者によってこんなにも変わるものなのか」と衝撃を覚え、ピアニストより指揮者の方が気になってしまった。それからライナーの録音を探しはじめ、ベートーヴェンの交響曲第7番と序曲「コリオラン」を聴き、熱狂した。こうして私は指揮者のファンになった。一生忘れられない人である。
(阿部十三)


【関連サイト】
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フリッツ・ライナー(CD)