音楽 POP/ROCK

イーグルス 「ホテル・カリフォルニア」

2011.02.21
イーグルス
「ホテル・カリフォルニア」
(1976年/全米No.1)

 ホテル・カリフォルニアへようこそ――

 イーグルスの代表曲であり、アメリカン・ロック史上に半永久的に残るであろう不朽の名曲「ホテル・カリフォルニア」は、たとえオン・タイムで聴いた経験のない世代にとっても、郷愁をそそられずにはいられない曲だろう。
 イーグルスのファンやロック愛好家の間ではもはや常識となっている"ホテル・カリフォルニア=架空のホテル"は、だがしかし、哀愁を帯びたメロディに彩られ、ややもするとロマンティックな香りさえ漂わせる場所を想起させる。聴いているうちに、あるはずのないホテル・カリフォルニアの全体像がぼんやりと頭の中に浮かんでくるような。そして聴き進んでいくうちに、旅情を駆り立てられずにはいられない。
 が、歌詞の中身を掘り下げて考えれば考えるほど、そこに内包された息苦しくなるほどの閉塞感にがんじがらめにされてしまうことに気付く。

 この曲ほど、様々なエピソードと謎に彩られているロック・ナンバーには、そうそうお目に掛かれるものではない。ある人は「ヴェトナム戦争後に疲弊してしまったアメリカ社会を投影した曲」と言い、ある人は「(当時の)アメリカのロック・ミュージック界の内情を比喩的に暴露した曲」だと言う。どちらにも共通するのは、"クスリ"である。
 掛詞――"精神"と"酒"のダブル・ミーニングになっている"spirit"、"1969年"というある特別な年を思わせぶりに持ってきた"nineteen sixty nine"など――や造語(Tiffany-twisted)が示唆的に登場する歌詞は、一聴(一読)しても即座にはその内容を呑み込めない。ましてや、最初のヴァースには、本来、英語にはない単語の"colitas"なる言葉が登場している。

 この曲がヒットした当時から、"colitas"は麻薬を指す隠語やスラングの類だろう、と言われてきた。真相はこうである。
 当時、イーグルスのロード・マネージャーだった、メキシコ系アメリカ人の男性が、メンバーにこの言葉を教え、「どういう意味だ?」と訊ねられて「マリワナだよ」と教えた、というのだ。そこで、曲を作った3人のメンバーたち――ドン・ヘンリー、ドン・フェルダー、グレン・フライ――のうちの誰かが、その言葉を歌詞に取り入れた、という。もうひとつ、この曲の終盤には、"beast"がダブル・ミーニング("獣"と"ヘロイン")として登場している。当時、彼らが"アメリカのロック界における最大麻薬消費バンド"のひとつだった、という事実が、それらの言葉を含むフレーズから浮かび上がってくるのではないか。少なくとも、これは"ホテル・カリフォルニアへようこそ"という能天気な曲ではない、ということが、そこからも浮かび上がってくる。

 これがレコード会社の搾取により、麻薬に溺れざるを得なかったロック・バンドの心情を切々と訴えかけた曲である、と想像するのは案外と容易い。しかしながら、敢えて深読みの危険を冒すなら、ヴェトナム戦争の敗戦から数年しか経っていない頃に全米No.1を記録した事実を鑑みれば、やはり当時の人々の殺伐とした虚無感を湛えた心情をどこかしら代弁し、また、それ故に人々の琴線に触れた、と考える方が自然であろう。

 ホテル・カリフォルニア――どこでもないどこか。どこにもない逃げ場。
(泉山真奈美)


【関連サイト】
イーグルス(ワーナーミュージック・ジャパン)
EAGLES OFFICIAL SITE(英語)
【執筆者紹介】
泉山真奈美 MANAMI IZUMIYAMA
1963年青森県生まれ。訳詞家、翻訳家、音楽ライター。CDの訳詞・解説、音楽誌や語学誌での執筆、辞書の編纂などを手がける(近著『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』)。翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座マスターコース及び通学講座の講師。