音楽 POP/ROCK

ジョルジュ・ブラッサンス 「悪い噂」

2014.10.09
ジョルジュ・ブラッサンス
「悪い噂」
(1952年)

 高校生の頃、『シャンソン・ド・パリ』というコンピレーション・アルバムの「第4集」をよく聴いていた。なぜ「第4集」なのかというと、そこに「恋はみずいろ」「枯葉によせて」「華麗なる千拍子」が収録されていたからである。このアルバムの前半5曲を占めるジョルジュ・ブラッサンスの歌には全く関心がなかった。おじさんがギターを爪弾きながらぼそぼそ歌っているような音楽のどこが良いのか分からなかったのだ。
 良さが分かったのは10年ほど後のことである。そのきっかけとなった曲が、「悪い噂(La mauvaise réputation)」。初めて聴いたときから妙に惹かれるものを感じた。それまで距離を置いていたのに突然夢中になる自分自身の変心を認めたくはなかったが、明らかにその歌は私の内面にフィットしていた。「Je ne fait pourtant de tort à personne〜」で翳りを帯びるフレーズがどうにも頭から離れなかった。

 ジョルジュ・ブラッサンスは1921年10月22日に南仏のセットで生まれた歌手、詩人である。中学時代から詩を書き始め、石工だった父親の職業を継ぐことを拒み、1940年にパリに出た。貧しいアナーキスト詩人だった彼が転機を迎えるのは1952年のこと。『パリ・マッチ』の記者をしていた旧友と出会い、その紹介で名歌手パタシュウを知り、彼女の店「シェ・パタシュウ」で歌い始めたのだ。古語、造語、俗語を巧みにちりばめたブラッサンスの歌は瞬く間に評判を呼んだ。1954年にはオランピア劇場でコンサートを開くまでになり、ACCディスク大賞を受賞したり、ルネ・クレール監督の『リラの門』(1957年)に出演したり、アカデミー・フランセーズの詩部門の最優秀賞を受賞したりとメジャーへの道を歩む。その一方で、流行に染まらず、舞台で愛想笑いを見せることもなく、体制に媚を売ることもなく、1981年10月29日に亡くなるまで、幅広い世代に支持される存在であり続けた。フランスでは誰もが知る吟遊詩人である。

 「悪い噂」はデビュー時の曲だが、すでにこの詩人の立ち位置がはっきりと示されている。彼は「村ではどういうわけか俺の評判は良くない」と歌い出す。そして、「動き回ろうがおとなしくしてようが何か変な目で見られる。俺は誰にも迷惑をかけず、自分の道を進んでいるだけなのに、善良な村人たちは、彼らと違う道を進むことが気に入らない」と続ける。歌い方は淡々としているし、曲調もさりげない翳りを生む程度なので、歌詞を知らずに聴けば、批判精神に富む歌とは思えないかもしれない。しかし、これは切実な歌である。

 主人公のスタンスは個人主義である。その存在感は周囲から完全に浮いているが、浮きたいと思って浮いているわけではない。彼の本音は、「誰が何を考えようと、何をしようと構わない。でもそれを俺に押しつけないでもらいたい。誰にも迷惑はかけないから、俺は俺のやり方でやっていきたい」といったところなのだろうが、うまくいかない。人は組織的な力を持つと、その力を他者に及ぼそうとするものだ。そして、力の及ばない相手には悪いイメージを背負わせ、特定の社会からはじき出そうとする。主人公はいつでも生け贄にされかねない状況にある。そのことを自覚している彼は、最終的に村人たちに裁かれて絞首刑に処せられる結末を予言する。

 ところで、私は「mon ch'min de petit bonhomme」を「自分の道」と簡単に訳したが、これは訳者によって「一介の男の道」「月並みな善人の道」とされる。この場合、「petit bonhomme」に込められたニュアンスをどう解するかが鍵となる。私自身は、ブラッサンスがこうした表現を用いたのは、大勢の大人が通る道とは異なるものであることを示すためだろうと忖度した上で、「誰も通りそうにない自分の道」と意訳したいところだ。おそらくこの道は、第4節に出てくる「ローマに通じていない道」と同一のものである。

 「悪い噂」の第2節では、7月14日(パリ祭)のパレードの間、主人公はベッドにいて、軍楽のラッパの音を無視している。パレードに興味がないのだ。興味はないが、妨害する気もない。にもかかわらず、善良な村人たちは彼のことが気に入らない。何をしても曲解され、悪い噂は絶えることがない。こういう歌は、オピニオン・リーダー的な立場で声高に正義を唱える歌よりも、実際に個人の身にふりかかりそうな問題として、リアルに胸に迫る。

 ブラッサンスの作品の中には、さまざまな形をした愛の歌、シニカルな歌、寓話的な歌、日常のひとコマを切り取った歌、死や祈りについての歌もある。ユゴー、ミュッセ、ヴェルレーヌ、ジャムの詩に曲をつけたものまである。しかし、どの歌も時代の流行に迎合していない点で共通している。そのスタンスは、自分はほかの人たちと違い、「ローマに通じていない道を歩いているだけだ(En suivant les ch'mins qui n'mènent pas à Rome.)」と宣言した「悪い噂」の地続きにあるものとみてよいだろう。
(阿部十三)


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