音楽 POP/ROCK

ジョージ・マイケル 「アメイジング」 [続き]

2012.10.10
ジョージ・マイケル
「アメイジング」
(2004年/全英No.4)

【The Religious Side of The Song】

 Christians for a Moral America Pray for George Michael's Death.
(道徳的なるアメリカを求めるクリスチャンたちはジョージ・マイケルの死を祈願する)

 これは、実際にインターネット上に開設されているサイトの記事の見出しである。相手=ジョージ・マイケルが有名人だからといって、そして彼が同性愛者だからという理由で、その人物の死を願うなどと非人道的な文言を、世界中の人々が目にするであろうネット上に臆面もなく掲載するその神経を疑う。同性愛に断固として反対するクリスチャンの人々は、必ずと言っていいほど『旧約聖書』の「レビ記」を引き合いに出す(以下、日本聖書協会発行『聖書 BIBLE 和英対照 和文/新共同訳 英文/Today's English Version』より引用。【注】は筆者によるもの)。

第18章22節
No man is to have sexual relations with another man; God hates that.
(女と寝るように【注:男は】男と寝てはならない。それはいとうべきことである)

第20章13節
If a man has sexual relations with another man, they have done a disgusting thing, and both shall be put to death. They are responsible for their own death.
(女と寝るように男と寝る者【注:男】は、両者共にいとうべきことをしたのであり、必ず死刑に処せられる。彼らの行為は死罪に当たる)

 宗教とは、人間の心のよすがであり、慰めであり、救いではないのか。にも拘らず、聞こえてくる宗教絡みのニュースと言えば、異教徒同士の争いや殺し合い、異教徒同士のいつ果てるとも知れない戦争、聖職者による醜聞(それこそ「レビ記」で禁じているはずの同性愛、しかも、少年に性的行為を強要する輩がいるとは、何とも呆れた話である)など、〈人間に心の平穏をもたらし〉てくれるはずの宗教とはおよそ掛け離れた話題ばかりである。そしてクリスチャンには、人間(=ジョージ・マイケル)の死を願う輩が実際にいるのだ。同サイトを偶然に見つけた瞬間、戦慄を覚えたのは言うまでもない。と同時に、嘔吐感さえ催してしまった。

 筆者が三沢米軍基地の日米友好クラブに所属していた頃、仲のいいアフリカン・アメリカン男性がいた。彼は熱心なクリスチャンで同性愛者だったが、何か悩み事を相談すると、いつも熱心に耳を傾けてくれ、的確なアドバイスをしてくれたものだ。筆者は物心がついた頃から、恋愛は性別に関係なく自由であるべき、との信念を抱いてきたので、そのアフリカン・アメリカン男性にも、ごく普通に接していた。そして優しくて繊細な彼のことが大好きだった。誓って言うが、彼を〈同性愛者〉という色眼鏡を通して見たことは一度たりともない。

 だからなのだろうか、ジョージの「Amazing」を初めて聴いた時、〈これは「Amazing Grace」のsecular music(=世俗の音楽、即ち非ゴスペル)だ!〉と勝手に解釈し、彼にとっての救世主=以前の恋人のケニー・ゴスが彼の目の前に現れてくれたことを、心から喜んだものである。神ではなくとも、ある人にとっては人間でも救世主になり得るのだ。

 みなさんの多くは、「Amazing Grace」をどこかで耳にしたことがあるだろうが、「Amazing Love」なる讃美歌も存在することをご存知だろうか? 筆者はゴスペル・ソングやクリスマス・ソングの訳詞をする際の資料として、キリスト教関連本(『聖書』、『讃美歌』、『聖歌』、『聖書辞典』......etc.)を数十冊も持っており、仕事部屋の書架のあるコーナーは、それらのキリスト教関連書籍で埋まっている。うち1冊に、1999年にニューヨークのマンハッタンにあるクリスチャン御用達ショップで買い求めた『THE CELEBRATION HYMNAL』なる讃美歌集があり、同書に「Amazing Love」が載っている。ご参考のために、「Amazing Grace」と「Amazing Love」の出典(注:讃美歌は、全て『聖書』の場面がもとになっている)を以下に記してみよう(引用は冒頭で述べた和英対照の『聖書』より)。

♪Amazing Grace
(『新約聖書』「ヨハネによる福音書」第9章25節)
"I do not know if he is a sinner or not," the man replied.  "One thing I do know: I was blind, and now I see."
(彼は答えた。「あの方が罪人かどうか、わたしには分かりません。ただ一つ知っているのは、目の見えなかったわたしが、今は見えるということです」)

♪Amazing Love
(『新約聖書』「ヨハネによる福音書」第15章13節)
The greatest love you can have for your friends is to give your life for them.
(友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない)

 なお、「Amazing Grace」は、日本基督教団出版局発行/讃美歌委員会編集の『讃美歌・讃美歌第二編』では、邦題を「われをもすくいし」といったが、改訂版とも言うべき同教団発行の『讃美歌21』では、「くすしき恵み」に変わっている。ちなみに、英語圏で発行されている『讃美歌』と日本のそれとでは、『聖書』の出典が異なる場合があることを参考のために記しておく。

 「Amazing」を初めて聴いた時、筆者はどうしても「Amazing Grace」を想起せずにはいられなかった。歌詞のあちらこちらに、「Amazing Grace」に登場する言葉が散りばめられており、なおかつそれら2曲に共通する〈自分は救われた〉という歌詞が、筆者の耳には互いに響き合って聞こえたからだ。また、これは最近になって発見したのだが、「Amazing Love」と共通する言葉もある。8年前、ジョージが「Amazing」を発表した際には、それらの讃美歌の歌詞と照らし合わせてみようと試みなかったことが、今さらながらに悔やまれてならない。以下、それらの讃美歌と「Amazing」に共通する単語を列記してみる。

♪Amazing Grace
my heart(注:「Amazing Grace」では"this heart"となっているが、同義である)/the (midday) sun/amazing(タイトルであるから、当然ではあるが、敢えて記させてもらう)/save/life

♪Amazing Love
free/amazing/love

 その他、言葉の表現こそ違えど、〈自分は救世主=ケニーによって救われた〉という主旨の「Amazing」に酷似したフレーズが、双方の讃美歌にはいくつか登場する。例えば、「Amazing Grace」の〈The Lord(=父なる神/即ちイエス・キリストの父)〉を、そして「Amazing Love」の〈The Son of God(=イエス・キリスト)〉を〈Kenny〉に置き換えてみれば、当時のジョージの心情にピタリと合致するのだ。そのことに気付いた瞬間、ジョージの思いの丈の深さに身震いするほど感応し、彼が「Amazing Grace」に(もしかしたら「Amazing Love」にも)触発されて「Amazing」の歌詞を綴ったのだと確信した。

 そこで、こんな暴挙を試みてみた。「Amazing Grace」を、ジョージがケニーに捧げた曲として解釈するなら、以下のようになるのではないか、と。筆者自身が勝手に「Amazing」と「Amazing Grace」に共通する部分を見出して作詞したものであるから、出来映えのほどは保証しかねるが、恥を忍んでご紹介したいと思う。

 Amazing Kenny!  How sweet the sound
 He saved a brokenhearted wretch like me!
 I once was lost when my ex-lover passed away, but now am found
 Was mixed up, but now I see

 It was you who taught my heart to fear
 And Kenny, my fears relieved
 How precious did that you appear
 The moment your love set me free

 ©2012 written by Manami Izumiyama

 やや旧聞に属するが、ロンドン・オリンピックの閉会式で、ジョージは「フリーダム '90」(1990/全英No.28、全米No.8/アメリカではゴールド・ディスク認定)と、新曲「White Light」(全英No.15)を披露し、世界中の人々に完全復活をアピールした。最近、体調不良のため、オーストラリアでのツアーをキャンセルせざるを得なかったが、閉会式で思いの外、ジョージの声が出ていたことにホッと胸をなで下ろしたものである。目下、新譜をレコーディング中だが、新曲「White Light」では、自身が経験した生死の境を彷徨った恐怖ーー2011年12月に胸の痛みを訴え、即座に病院に搬送されて入院し、気管開口術を受けた。一時は、集中治療室に入れられ、生死が危ぶまれるほどであったが、同月21日に退院し、自宅にて退院したことを報告する記者会見を行っているーーが、シンプルな言葉で綴られている。タイトルは、PVを見れば〈白光=手術室の照明〉を指していることが判るが、深読みすれば、1960年代〜70年代にイギリスでスラングとして使われていた〈white lightning=麻薬のLSD〉を暗喩しているとも考えられる。と言うのも、ジョージ自身、麻薬使用の廉での逮捕歴があるからだ。そしてジョージは同曲の中でこう歌っている。〈もう僕の周りには白光はない、だからまだ僕の人生は終わっていないのだ〉と。

 ケニー・ゴスとの別離を経て、ジョージは新たなパートナー、ファディ・ファワズ(Fadi Fawaz)を得、幸せな毎日を送っているという。つい最近、両者がペア・ルックのシャツを買い求めているところをイギリスのパパラッチに激写された画像がネット上で公開されていたが(イギリスのパパラッチの執念深さには恐れ入る)、如何にも嬉しそうにはにかんでいるジョージの笑顔が印象的だった。

 おそらく新譜には、ファディに捧げられた曲も収録されるであろう。ジョージにとっての新たなる救世主。いつの日か、ジョージが「Amazing」を超える名曲を生みだすのも時間の問題なのではないか。そして筆者は心から願う。彼が歳月の経過と共に、ケニーとの辛い別離を笑って話せる時が訪れることを。
(泉山真奈美)


【関連サイト】
GEORGE MICHAEL
Amazing
「Amazing Grace」(歌詞)
「Amazing Love」(歌詞)
Patience(CD)
【執筆者紹介】
泉山真奈美 MANAMI IZUMIYAMA
1963年青森県生まれ。訳詞家、翻訳家、音楽ライター。CDの訳詞・解説、音楽誌や語学誌での執筆、辞書の編纂などを手がける(近著『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』)。翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座マスターコース及び通学講座の講師。