音楽 CLASSIC

アナトリー・ヴェデルニコフ 〜もう一人の天才〜

2019.05.10
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 ベートーヴェンの「月光」をアナトリー・ヴェデルニコフほど美しく奏でた人はほとんどいない。この格調高く、内省的な第1楽章を聴いていると、時間や空間の動きが止まって音楽だけがなめらかに流れているような気持ちにさせられる。テクニックは申し分ないが、機械的な冷たさはなく、わざとらしいアクセントもない。演奏者がただ者でないことはすぐに分かる。

 かつて名教師・名ピアニストのゲイリヒ・ネイガウスは、最も才能のある弟子として4人の名前を挙げた。そのうちの1人、ヴェデルニコフは(ほかの3人はヤコフ・ザーク、エミール・ギレリス、スヴャトスラフ・リヒテル)、バロック、古典派、ロマン派はもちろんのこと、当時ソ連では好ましくないとされていた現代音楽も積極的にレパートリーに加え、国外での演奏活動を禁止されながらも、録音を積極的に行い、73歳で亡くなるまで己の感性と才能を磨き続けた。

 1920年5月5日、ヴェデルニコフはハルビンに住むロシア人夫婦の間に生まれた。6歳でピアノを始め、演奏会デビューを果たしたのは10歳の時のこと。1935年には来日して1年ほど滞在し、コンサートを行うかたわら、レオ・シロタに師事していたという。翌年、一家はロシアに帰国。しかし両親が逮捕され、父親はスパイ容疑で銃殺刑、母親は強制収容所に送られるという悲劇に見舞われた。

 モスクワ音楽院に入学したヴェデルニコフはネイガウスに師事し、1941年に卒業。両親の経歴を汚点とみなされ、また、彼自身が体制に迎合しなかったこともあり、(先述したように)国外では演奏活動ができなかった。その間、彼は「自分にはレコードがあるから」と言い、録音に勤しんでいた。ギレリス、リヒテルに劣らぬ実力を備えた天才でありながら、冷遇されていたその心境は察するに余りある。

 状況が変わったのは1980年代に入ってからで、1980年からモスクワ音楽院で教鞭を執るようになり、1983年にロシア名誉芸術家の称号を得て、1985年には音楽院の教授に就任した。国外でも演奏ができるようになり、各国で激賞されたが、病に倒れ、1993年秋に予定していた来日公演を果たせずに亡くなった。

 若い頃はリヒテルと親しく交流し、100回ほどデュオ・コンサートを開いていた。1956年にはバルトークの「2台のピアノと打楽器のための音楽」を録音、これは同作品の名演として知られている。その後、残念なことに2人は仲違いした。リヒテルはヴェデルニコフの性格を気難しく、依怙地だと批判しているが、これは一方的な意見である。しかしその証言から、誰にも媚びない、譲らないという気質が、当時の体制側に疎んじられていたことは推測できる。

 「悲劇の巨匠」と呼ばれたこともある。しかし、その演奏を暗いイメージでとらえるべきではない。彼は己の感情を前面に出さず、それぞれの作品と誠実に向き合い、鮮やかなテクニックで、明るさと鋭利さを持つ美しい音色を操り、適切なアプローチを以て表現するタイプの演奏家なのだ。端的に言うと、明晰で、純音楽的である。ラヴェルの「クープランの墓」や「水の戯れ」を聴いても、きらびやかに弾けるような音の美しさが実に印象的で、旋律の光彩や輪郭が目に浮かぶようだ。

 このピアニストの指から生まれる音は、時に瞑想的な雰囲気を帯び、神聖とさえ言いたくなるような空気を作り出すことがある。1967年に録音されたフランク(ヴェデルニコフ編曲)の「前奏曲、フーガと変奏曲」はその好例だ。明晰、鮮烈なピアニズムで聴き手の耳朶を打つ音楽家とはまた違う人物がここにいる。

 レパートリーは広く、バッハ、ハイドンからヒンデミット、ショスタコーヴィチ、リゲティにまで及ぶ。録音はギレリスやリヒテルに比べると少なく、寂しい限りだが、レパートリーはある程度網羅されている。彼が得意としたベートーヴェンのピアノ・ソナタについては、第14番「月光」、第29番「ハンマークラヴィーア・ソナタ」、第30番が、構造を明確に把握した屈指の名演だ。例えば、大規模で深遠な「ハンマークラヴィーア・ソナタ」など、その演奏には難解なものを難解なものとして物々しく示そうとするところがなく、純音楽的で、全体の輪郭が掴みやすい。それでいて第3楽章には親密な人の深い内面に接した時のような感動がある。

 同国の作曲家だと、スクリャービンの「24の前奏曲」、プロコフィエフのピアノ・ソナタ第7番と「悪魔的暗示」、ショスタコーヴィチのピアノ・ソナタ第1番の録音が有名である。ただ、ポリフォニックで明晰なアプローチなので、スクリャービンにしては詩的な翳りが足りないという声もあるだろう。あくまでも相対的な話だが、プロコフィエフの方がヴェデルニコフには合っているようだ。映像でも遺されている「悪魔的暗示」などは、息が止まりそうになるほど凄まじい演奏で、聴くだに恐ろしい音が鮮烈に飛び散っている。

 ヴェデルニコフが最も傾倒していたのはバッハである。50歳になった彼は、パルティータと組曲の録音に取り組んだ。(夫人の証言によると)そのために全てのカンタータの研究にも力を注いだという。
 ヴェデルニコフは次のように語っている。
「私が再びバッハの収録を始めたのは、組曲、パルティータを以前とは違うように弾けるのではないかと思ったからです。バッハは一生をかけて弾き続けるべき作曲家です。一生をかけても極めることのできない作曲家なのです」
 パルティータも組曲も、驚異的な集中力に満ちた演奏だ。イギリス組曲第4番と第6番は代表的名演。テンポがよく、不自然さがなく、あっさりと聴き通してしまいそうになるが、注意して聴くと、バッハのポリフォニーが真摯に、しかし生き生きと浮かびあがっていることに感嘆させられる。このピアニストの特性である高度な技巧、誠実なアプローチ、意志の力すら感じさせる明晰さ、歯切れよく歌うようなフレージングが活かされた素晴らしいバッハだ。


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