音楽 CLASSIC

フランク 前奏曲、フーガと変奏曲

2014.06.02
静かなる霊感の泉

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 セザール・フランクは作曲家として成功することを夢見ながら、長い間その才能を認められることなく、一オルガニストとして教会に奉職していた。転機が訪れたのは1858年、フランクが30代後半にさしかかってからのこと。サント・クロティルド教会のオルガニストに任命された彼は、即興演奏が評判になったことで自信を取り戻し、1860年から1862年の間に「大オルガンのための6つの小品」を書き上げた。

 フランツ・リストにも絶賛されたこの作品は、フランクのキャリアにとって最初の上昇を示すものである。矢代秋雄も「ベートーヴェンにたとえるなら第3交響曲(英雄)に相当するもの」と評している。しかし、だからといってその後の作曲活動が順風満帆だったわけではなく、フランクが真の意味で大成するのは1870年代に入ってからである。

 「大オルガンのための6つの小品」は、「幻想曲」、「交響的大曲」、「前奏曲、フーガと変奏曲」、「パストラール」、「祈り」、「終曲」からなっている。この中で最も美しく、霊感に満ち、愛奏されているのが3曲目の「前奏曲、フーガと変奏曲」だといっても、異論を唱える人はいないだろう。フランク自身もこれに愛着を持っていたのか、後年、ピアノとハーモニウム用に編曲している。さらに1910年にはハロルド・バウアーがピアノ用に編曲、このバウアー版が流布したことにより、多くのピアニストがレパートリーに加えるようになった。

 前奏曲はアンダンティーノ・カンタービレ。愁いを帯びた静かな祈りの音楽である。9小節のレントの序奏を経て、アレグロ・マ・ノン・トロッポで進むフーガは、規模は小さいながらも精妙な構造を持ち、荘重な響きで陰影をつける。そのフーガの劇的な余韻を残しながら、神秘的にゆらめく分散和音が流れだし、やがて前奏曲のテーマが再現される。極めてシンプルな変奏だが、作曲者の手垢や作為を全く感じさせないその美しさは神韻の域に達しているといってよい。

 この曲を聴いていると、やさしくも躊躇のない力で遠い過去へと導かれていくような感覚にとらわれる。フーガの後の分散和音はとくに効果的で、わずか6小節の中に、時空を超えさせるようなほの暗い通路が出来ている。一人の人間にこういう音楽を書かせるのは、霊感以外の何物でもないだろう。

 フランクのピアノ作品といえば、「前奏曲、コラールとフーガ」がとにかく有名である。ルキノ・ヴィスコンティ監督の『熊座の淡き星影』(1965年)で、姉弟の暗い運命を象徴する音楽として使われたことは多くの人が知っている。私自身、この映画がきっかけとなり、フランクの世界に入った。今でもこれは大好きな曲である。しかし抑揚の度合いが強めで、いささか外向的な面もあるので、内部に沈潜していくような飾り気のない音に耳を澄ませていたい時は「前奏曲、フーガと変奏曲」の方を聴く。

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 録音では、バウアー版を用いたセルジオ・フィオレンティーノのピアノによる演奏がゆったりとしていて、格別に美しく、高貴である。聴く者を混濁から救い出し、力づくではなく、自然とひれ伏させるような清らかなピアノだ。アナトリー・ヴェデルニコフの録音は孤絶した美の結晶である。演奏している間、ヴェデルニコフは自分の内面と向き合い、誰にも邪魔されることなく、孤独と親しんでいる。フーガの後の分散和音の響きはフィオレンティーノ以上に神秘的で、なだらかな音の動きの中に作曲者の霊感が宿っていることを感じさせる。なお、このピアノ版の編曲者はヴェデルニコフ自身。バウアー版の装飾的な部分を取り除き、作品の内奥に迫ろうとしているのが好ましい。


【関連サイト】
フランク:前奏曲、フーガと変奏曲(CD)
セザール・フランク
[1822.12.10-1890.11.8]
前奏曲、フーガと変奏曲 ロ短調 作品18

【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
セルジオ・フィオレンティーノ(p)
録音:1995年10月14日

アナトリー・ヴェデルニコフ(p)
録音:1967年