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  •  「時こそが神なのではないかという考えに、ぼくは常に執着していた」とはロシア出身の詩人ヨシフ・ブロツキーの『ヴェネツィア 水の迷宮の夢』に記された言葉である。 時こそが神である。その前提で戯曲『大理石』を読むと、「おれたちにとってただ一人の観客は、時間なんだ」や「自分を時間に似せたいと本当に思っている」といった台詞に深い意味が加わる。劇の最後に、登場人物のト...

    [続きを読む](2018.10.20)
  •  ドストエフスキーの『死の家の記録』によると、一人の人間を潰して破滅させる最も恐ろしい罰は、一から十まで全く無益で無意味な作業をさせることらしい。意味と目的と達成から切り離されたその罰は、「たとえば一つの桶から別の桶に水を移し、その桶からまたもとの桶に移すとか、ひたすら砂を槌で叩くとか、一つの場所から別の場所に土の山を移して、また元に戻すといった作業」のこと...

    [続きを読む](2017.04.08)
  • 燃えるような神秘 アントン・ブルックナーが交響曲第9番の作曲に着手したのは、第8番の第1稿を書き終えたすぐ後(1887年)のことである。本腰を入れて筆を進めたのは1889年からで、1894年11月30日に第3楽章のアダージョまで完成させた。ブルックナーは病気に悩まされながらも、終楽章の構想を練り、最後の力をふりしぼってこれを書き上げるつもりでいたが、その時間...

    [続きを読む](2016.06.26)
  • 「万物は流転する」では伝わらない エペソスのヘラクレイトスは、第69オリュンピア祭期(紀元前504年〜501年)に盛年すなわち40歳を迎えたと『哲学者列伝』(ラエルティオスの著作)にあることから、紀元前540年頃の生まれと推定される。貴族の出で、気位が高く、辛辣で、近寄り難い存在だったようである。その思想は晦渋とされ、紀元前3世紀頃から「謎をかける人」や「闇...

    [続きを読む](2015.07.25)
  •  シュテファン・ツヴァイクの『人類の星の時間』は、世界史を変えた12の歴史的瞬間を圧倒的な筆力で描いた作品集である。この本を出版するにあたり、ツヴァイクは歴史を一人の詩人に見立てて、次のように書いている。「多くのばあい歴史はただ記録者として無差別に、そして根気よく、数千年を通じてのあの巨大な鎖の中に、一つ一つ事実を編み込んでゆく。......芸術の中に一つの...

    [続きを読む](2013.03.30)
  •  ルポルタージュの開祖とも言われる松原岩五郎の作品は、『最暗黒之東京』以外、ほとんど忘れられている。小説を書いていたこともあまり知られていない。しかし明治時代に松原が小説の分野で果たした役割は決して小さなものではなかった。彼はどんな文学観を持ち、自国の文学や海外の文学をどう摂取し、どのような作品を残したのだろうか。 まずは明治24年(1891年)5月16日に...

    [続きを読む](2011.12.17)
  •  21世紀の今もドクトル・マブゼは生きている。 先日、文庫化された平野啓一郎の長編『決壊』を読んだが、この前半に〈悪魔〉と称する男がカラオケボックスで中学生の北崎友哉を唆す重要な場面がある。そこで放たれる言葉は、バウム教授に託されたマブゼのメッセージを思い出させる。 〈悪魔〉は、「純化された殺意として、まったく無私の、匿名の観念として殺人を行う」ことを奨励し...

    [続きを読む](2011.07.16)
  •  師走の寒空にジャンバーを頭から被り、まるで路に転がる死体のように眠る人々がいる。街全体が寝静まった丑三つ時に給食で余った牛乳を啜り、飲食店の残飯を漁って飢えを凌ぐ人々がいる。祭りで賑わう下町で、目を白く濁らせ襤褸を纏い周囲に悪臭を漂わせながら浮腫んだ足で徘徊する人々がいる。人気の無い金融機関のATMコーナーや古びた雑居ビルの片隅、マンションのエントランス等...

    [続きを読む](2011.05.07)
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