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  •  「近代の超克」は戦争責任論でもある。この評論が発表されたのは1959年11月、安保闘争の時期である。竹内は「近代の超克」を脱稿する前後、安保問題研究会に出席したり、安保批判の会に参加したりしていた。多くの人と同様、日本が戦争に巻き込まれるかもしれないと危惧していたからである。そんな竹内が、単なる研究対象として「近代の超克」を取り上げたとは思えない。個人的趣...

    [続きを読む](2023.08.15)
  •  将棋を題材にした小説は多い。エッセイやノンフィクションを含めると相当な数に上る。昔の作家には将棋好きが沢山いて、プロ棋士との交流も盛んだったようだ。小説の筋運びと将棋の駒運びにはどこか通じ合うものがあるのかもしれない。作家が将棋について語った名言もある。最も有名なのは、菊池寛の「人生は将棋なり」と「人生は一局の棋なり。一番勝負なり。指し直すこと能はず」で、...

    [続きを読む](2021.12.15)
  • トリックで魅せる作品 作者の高木彬光は、『呪縛の家』や『魔弾の射手』などで〈読者への挑戦〉を行っている。1948年に坂口安吾が『不連続殺人事件』で話題をさらった時のように、小説が結末を迎える前に事件の謎を解いた読者に、賞金を出す企画である。『呪縛の家』は連載中に酷評されたこともあり、作者もいきり立ったのだろう、「ここで、最後のヒントを与えましょう。ここまで書...

    [続きを読む](2019.08.04)
  • 生活のリアリティ 織田作之助は19歳の時、三高の『嶽水会雑誌』に発表した初の評論「シング劇に関する雑稿」の中で、「単なる観念でも、象徴でもない、リアリティとは、我々の認識せるものの姿である。これを表現するところにリアリズムの頂点がある」と書いている。この考えは織田が常に意識していた汎用的指針であり、登場人物の思想や信条よりも生活について細かく書くのは、彼にと...

    [続きを読む](2015.05.16)
  •  教員志望の同級生に誘われて、塾講師をしていたことがある。1994年4月から1996年3月までの約2年間の話だ。 中学2年生と中学3年生の国語のクラスを受け持っていた。生徒は各16名。授業時間は90分で、1日2コマ。時給は2600円、辞めた時は2900円だった。当時住んでいたアパートから車で50分という遠い場所にあったが、ちょっとした夕食付きだったこともあり...

    [続きを読む](2013.08.10)
  •  大学時代、天野勝文先生の「現代マス・コミュニケーション論」という講義を受けていた。当時、私の主専攻は日本文学。ただ、情報文化の世界にも興味を持っていたので、その講義にはマジメに出席していた。 ある日、天野先生主宰の課外ゼミが行われる、というニュースを友人から聞き、参加することにした。ゼミの名前は、天野子屋。そこで私を含む20人ほどの生徒は、毎回与えられるお...

    [続きを読む](2012.09.22)
  •  風博士は慌て者で、ちょっとしたことですぐ狼狽し、そのたびに部屋中に竜巻を巻き起こす。ある日、17歳の可愛い花売り娘との結婚式に行くことを失念してしまった博士は、「POPOPO!」とシルクハットをかぶり直し、慌てふためき、そのまま一陣の風となってしまう。 「TATATATATAH!」 已(すで)にその瞬間、僕は鋭い叫び声をきいたのみで、偉大なる博士...

    [続きを読む](2011.02.12)
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