映画 MOVIE

ドン・シーゲル 〜男が惚れる男を描き続ける〜

2011.03.06
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 ドン・シーゲルはもったいぶらない人である。いきなり冒頭から緊張感がはりつめ、事件が起こる。ゆっくり、徐々に盛り上げて、などと回りくどいことはしない。このスタイルは初期の『仮面の報酬』から、出世作『殺人者たち』、代表作『ダーティハリー』、『突破口!』、『テレフォン』に至るまで変わらない。アクションの描写も、昔の映画とは思えないほど切れ味が凄い。さすがサム・ペキンパーの師匠だ。そのカット割は完全に職人芸。若い頃に磨いたという編集テクニックも冴えている。
 もう一つ特筆しておきたいのは、音楽の使い方のうまさ。名監督は視覚的センスだけでなく、聴覚的センスもすぐれているもの。それがシーゲルの場合、ずば抜けている。父親が音楽家だったことも影響しているのだろう。決して空疎な音楽をだらだら垂れ流したりはしない。ラロ・シフリンもシーゲルとはいつも質の高い仕事をしている。

 代表作は『ダーティハリー』。これはクリント・イーストウッドにとっての運命の作品でもある。もしハリー・キャラハン役をフランク・シナトラやジョン・ウェインやポール・ニューマンが演じていたら、イーストウッドは〈マカロニ・ウエスタンの大スター〉以上の存在にはなれなかったかもしれない(シナトラは怪我のため、ウェインとニューマンは役が気に入らず辞退したという)。一方、ジョン・ウェインはこの役を断ったことを後悔し、自身の遺作『ラスト・シューティスト』ではシーゲルの演出に身を預けている。
 シーゲルとイーストウッドのコンビ作は5本あるが、『ダーティハリー』に比べると知名度にはかなり差がある。逃亡した凶悪犯を追いつめる田舎刑事の活躍を描いたハードボイルド『マンハッタン無宿』(TVシリーズ「警部マクロード」の原型)、イーストウッドとシャーリー・マクレーンのかけあいが楽しい痛快娯楽西部劇『真昼の死闘』、南北戦争の時代を舞台に一人の負傷兵と女学院の女たちの愛憎、妄想を描いた変態的なサスペンス『白い肌の異常な夜』(この邦題、誰がつけたのだろう)、実話をベースにした緊迫感溢れる脱出劇『アルカトラズからの脱出』。いずれも一見に値する作品であり、就中、『白い肌の異常な夜』はシーゲルがアクションだけでなく心理劇の扱いにも長けていたことを示す傑作である。

 ほかに観ておくべき作品は、宇宙生命体によって平和な街が少しずつ侵略されてゆく過程を静かに、そして不気味に描いたSFスリラーの『ボディ・スナッチャー 恐怖の街』。実はドン・シーゲルの作品の中で私が最も偏愛しているのはこれだ。1950年代の典型的なプログラムピクチャーで、B級感たっぷりで突っ込みたいところも多々あるが、「文句あるか」と言わんばかりのハードな演出で我々を恐怖の袋小路へと追い込んでゆく。そこに張り詰めている不条理の力には誰も抵抗できない。その辺のホラーより怖い映画である。ヒロインのダナ・ウィンターの美しさも忘れがたい。白黒版と着色版があるが、着色技術のクオリティーが低いので、観るなら白黒版が良い。

 1946年のロバート・シオドマーク監督作品のリメイク『殺人者たち』も傑作だ。役者として最も脂が乗っていた時期のリー・マーヴィンが漂わせる悪の魅力には、男でも惚れてしまいそうになる。アンジー・ディッキンソンもファム・ファタール役がいかにもハマっているし、女に人生を狂わされるレーサー役、ジョン・カサヴェテスの演技も胸に沁みる。この3人が良すぎるせいで悪の首領であるはずのロナルド・レーガンが貫禄のかけらもない大根役者にしか見えない、という難点はあるが......。
 チャールズ・ブロンソンが完全記憶能力を持つKGBスパイに扮した『テレフォン』も、ドン・シーゲルを語る上で見落とせない娯楽ハードボイルド作品だ。テーマは催眠洗脳。電話口でロバート・フロストの詩「雪の夕べに森のそばに立つ」を囁くことで、アメリカに住む工作員たちに自爆テロを起こさせる過激派の男、ダルチムスキー(ドナルド・プレザンス)。その暴走を食い止めるべくボルゾフ少佐(ブロンソン)が活躍する。今でもどこかの国で実際にありそうな話である。
(阿部十三)
[ドン・シーゲル略歴]
1912年10月26日シカゴ生まれ。父はマンドリン奏者。一家でイギリス、フランスへ渡り、1931年帰国。無一文になり、ワーナーに入社。1945年監督デビュー。短編『Hitler Lives?』でアカデミー賞短編ドキュメンタリー賞、『Star in the Night』でアカデミー賞短編実写賞を受賞。各社を渡り歩き、下積みを重ねた後、1954年『第十一監房の暴動』で成功し、1964年『殺人者』で地位を確立。1991年4月20日死去。私生活では1948年ヴィヴェカ・リンドフォース(『ドン・ファンの冒険』の美しき女王役)と結婚、1953年離婚。その後、ドゥ・アヴァドン、キャロル・ライデルと再婚。俳優クリストファー・タボリ(1952-)はヴィヴェカとの間に出来た子供である。
[主な監督作品]
1945年『Star in the Night』、『Hitler Lives?』/1946年『The Verdict』/1949年『仮面の報酬』/1952年「抜き射ち二挺拳銃」/1954年『第十一監房の暴動』/1956年『ボディ・スナッチャー 恐怖の街』/ 1957年『殺し屋ネルスン』/1960年『燃える平原児』/1961年『突撃隊』/1964年『殺人者たち』/1967年『刑事マディガン』/1968年『マンハッタン無宿』/1969年『ガンファイターの最後』、『真昼の死闘』/1971年『白い肌の異常な夜』『ダーティハリー』/1973年『突破口!』/1974年『ドラブル』/1976年『ラスト・シューティスト』/1977年『テレフォン』/1979年『アルカトラズからの脱出』