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清水宏 〜型にはまらない映画〜

2011.09.26
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 清水宏が名匠として高い評価を得ていたのは1930年代から1940年代前半のこと。珠玉のメロドラマも撮れば、青春物も撮る。「オフビート」的な作品も撮れば、シリアス物も撮る。「若大将シリーズ」の元ネタになった「大学の若旦那シリーズ」も撮る。その多才ぶりは尋常ではなかった。また、新人を育てる名人でもあり、彼のおかげでスターになった役者をざっと挙げても、田中絹代、桑野通子、及川道子、大日方伝、藤井貢、上原謙と、そうそうたる名前が並ぶ。
 しかし、戦後になり、松竹を辞めてからは「児童映画の監督」のようなポジションにおさまり、賞レースとは縁のない作品を撮り続けた。そのせいか同世代の小津安二郎や成瀬巳喜男に比べると知名度は著しく低い。

 風向きが少し変わったのは2003年のこと。東京フィルメックスで清水の作品が上映され、新作群をさしおいて『簪』(1941年)が観客賞を受賞したのである。これで一部の映画ファンの注目を集めて以降、清水の監督作を「オフビート・ムービーの原点」と位置付ける人も出てきた。『按摩と女』(1938年)も2008年にリメイクされた。

 独自の作風が開花したのは『有りがたうさん』(1936年)から。ねじ伏せるような力強い演出や凝ったプロットでひきつけるタイプの作品とは真逆で、とにかく解放的。何とも言えない暢気な雰囲気に包まれている。ロケ地に選ばれるのは主に田舎で、保養を兼ねながら撮ったのではないかと思えてしまうほど力みがない。『簪』などは1941年という時代を考えると異常なほど反時局的である。

 映画賞も興収も意に介さず、時流に迎合せず、「作り物」としての映画に背を向けた監督、と評すれば格好もつくが、田舎で起こるたわいもない出来事を写実的に映し出す話法には、おそらく多くの人が戸惑うはずだ。しかし、堅牢な構成で作り込まれたものや押しつけがましいメッセージに溢れたものばかりが映画ではない。清水作品の風通しの良さや鷹揚さにふれていると、自分の中にある「映画とはこうあるべき」という先入観が徐々に崩れ、「これくらい自由で、型にはまらない映画があっても良いんじゃないか」と思えてくる。暢気さや朗らかさの中に、映画の枠を壊すような力が潜んでいるのだ。それに、「型にはまらない」と言っても構図が美しく、しっかりしているので、がさつさや薄っぺらさは全くない。『簪』で田中絹代扮するヒロインが日傘をさしながら思い出の地を巡るラストシーンなど、構図だけでも溢れるような情緒を感じさせる。溝口健二や小津安二郎が清水のことを「天才」と呼んだ理由もなんとなく分かる気がする。

 子供の扱い方が巧いのも清水の特性である。大人数の子供を活写するのは何でもないことのようで、実は大変なもの。彼の「児童映画」ではその辺の難しさが全く感じられない。出てくる子供たちが実に生き生きとして輝いているのだ。観察眼も鋭く、自由闊達に描いているようでいて、子供たちがふとした時に見せる表情の変化を撮り逃さない。まず観てほしいのは『蜂の巣の子供たち』(1948年)。これには監督自ら引き取って育てた無名の戦災孤児たちが出演しており、その小さな生命力の蠢きと躍動を絶妙な構図の中に捉えている。彼らの演技を超えた演技の前では、映画史に名を残す芸達者な名子役たちも霞んで見える。

 メロドラマの分野にも無視出来ない傑作がいくつかある。その筆頭に挙げておきたいのが『港の日本娘』(1933年)。横浜を舞台に、2人の仲良し女生徒が辿る対照的な運命をドラマティックに描いたサイレント映画で、起伏に富んだストーリーとシャープな演出で魅了する。後年の清水監督からはちょっと想像出来ないほど異国趣味に彩られている点にも注目したい。こんなモダンな作品も撮っていたのだ。主演はタイプが異なる2人の美人、及川道子と井上雪子。夭折したインテリの清純派、及川が珍しく荒んだ役柄の挑戦し、新境地を見せている。オランダ人とのハーフである井上の美しさも忘れがたい。
 もう一作、『恋も忘れて』(1937年)も良い。出口の見えない女の人生を象徴するかのような霧のシーンが印象的な悲劇である。ワケありの母親を演じているのは桑野通子。その佇まいの暗さと儚さと色気には、観る者の肌に迫るようなリアリティがある。日本人離れしたプロポーションを誇る美人女優であり、演技力も兼ね備えていながら、必ずしも主演作に恵まれたとは言えない桑野にとって、これは『新女性問答』(1939年)と並ぶ代表作と言えるだろう。

 のんびり系の傑作は『有りがたうさん』『按摩と女』『簪』『小原庄助さん』。『有りがたうさん』は、後年ルイス・ブニュエル監督が撮った傑作『昇天峠』にも通じるものを感じさせるが、影響関係があったことを裏付ける証言は確認出来ていない。
(阿部十三)


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[清水宏プロフィール]
1903年3月28日、静岡県生まれ。原田三夫の下で映写技師として働いた後、大女優、栗島すみ子の紹介で松竹に入社。1924年に弱冠21歳で監督デビュー。まだ10代の新人女優だった田中絹代と同棲するが破局。先輩格の島津保次郎、親友の小津と共に、1930年代の松竹の看板監督として活躍する。戦後は松竹を辞めて独立プロを設立。1956年に溝口健二監督の紹介で大映と契約。最後の監督作は1959年の『母のおもかげ』。1966年6月23日、心臓マヒにより急逝。
[主な監督作品]
1924年『峠の彼方』『村の牧場』/1926年『悩ましき頃』『真紅の情熱』/1927年『狂恋のマリア』/1928年『拾った花嫁』/1929年『ステッキガール』『不壊の白珠』『恋愛第一課』/1930年『紅唇罪あり』『青春の血は躍る』/1932年『満州行進曲』『陸軍大行進』/1933年『大学の若旦那』/1934年『大学の若旦那・武勇伝』『金環蝕』『大学の若旦那・日本晴れ』/1935年『東京の英雄』『彼と彼女と少年達』/1936年『感情山脈』『有りがたうさん』/1937年『金色夜叉』『恋も忘れて』/1938年『按摩と女』『家庭日記』/1939年『子供の四季』『桑の実は紅い』/1940年『信子』/1941年『簪』/1943年『サヨンの鐘』/1948年『蜂の巣の子供たち』/1949年『小原庄助さん』/1955年『しいのみ学園』『次郎物語』