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イエジー・スコリモフスキ 〜ポーランド映画の最前線〜

2012.12.25
 2012年の11月下旬から12月にかけて東京と大阪で行われ、2013年の頭には京都と名古屋でも開催される〈ポーランド映画祭2012〉。1950〜60年代の作品が大半のプログラムで、ぼくが体験した東京では何回も立ち見が出るほど連日大盛況だったが、その監修者がイエジー・スコリモフスキである。

 1938年生まれのスコリモフスキは、1960年代に映画界デビュー。『アベンジャーズ』(2012年)にも出演していたように俳優としての活躍も目立つが、巨匠と呼びたくなる映画監督だ。17年ぶりに監督して脚本と製作も手掛けた『アンナと過ごした4日間』(2008年)でも、単なる重鎮として落ち着くことを潔しとせずにポーランド映画の最前線を突き進んでいることを示し、日本でも静かなる厚き支持を集めた。

 アウシュヴィッツに象徴される第二次世界大戦の悲劇の中心の国であり80年代までは実質的にソ連の支配下にあったから、スコリモフスキの一世代前のアンジェイ・ワイダ監督の作品をはじめとして、ポーランドにはポリティカルなニュアンスが滲み出た映画が昔から目立つ。スコリモフスキも強権体制下における〈表現の自由〉のギリギリの線でそういう要素を小出しにしてきたし、『手を挙げろ!』(1967年+1981年)は上映禁止になったほどスコリモフスキにしては政治色も濃い。ただし政治も否応なく日常に入り込んでくる一つとしてナチュラルに織り込みつつ、あくまでも真剣で馬鹿馬鹿しい人間の営みを重箱の隅をつつく感覚で愛でながら、人間の辺境の意識を炙り出していくのが、スコリモフスキ流である。

 ストーリーに重きを置きすぎて他がおざなりの映画が特に最近は多いが、それだったら映画である必要はない。スコリモフスキは物語らしき物語がないように見える映画も作っている。でも明快なハリウッド映画とは対極のストレンジな空気感に覆われた映像力と構成により最後まで持っていかれる。意識を触発し、掻きまわし、覚醒させ、観た者すべてに何かしらの〈異物感〉を残す。

 スコリモフスキは映像と脚本と俳優と音のすべての総合芸術である映画でしか成し得ない表現を貫く。わかりやすい映画とは言いがたい重厚な作風ながらも頭デッカチで考えすぎのスノッブな〈アート〉とは一線を画し、一つの作品の中に深刻と滑稽が背中合わせのものとして息をしている。戦慄が走るほどシリアスな佇まいの中にわずかだからこそ光る飄々としたユーモアと濃厚なエロティシズムがひそかに忍び込んでいる。音楽も含めて必要最小限にまで削ぎ落とされている音声の響きに対する気遣いも尋常じゃない。監督自らボクサー役で主演した『不戦勝』(1965年)のような言葉のウエイトの高い作品もあるが、セリフが極めて限られた映画も多い。セリフの説明で見せるのではなく、瞬間的な表現を持ち味とする美学。スコリモフスキの作品は理屈も論理も超越している。それこそが映画の醍醐味じゃないか。

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 そんなスコリモフスキの魅力が凝縮された作品の一つが前述の『アンナと過ごした4日間』である。「ストーカー+覗き魔+侵入者の三拍子揃った中年男の歪んだ愛の物語」と言えそうな一途なラヴ・ストーリーでもあるが、あちこちに仕掛けと罠が設けられていて場面転換も一筋縄ではいかない。太陽から見放されたような映像美も相まって閉塞的な空気感に覆われた張りつめた雰囲気だからこそ、くすんだ主人公が時たまやらかすズッコケぶりが際立ち、煙に巻くような「クスッ」と笑える諧謔性がたまらない。あらゆる意味で寡黙だからこそ饒舌で底無し沼以上に深い映画である。

 覗き趣味的なエロティシズムは『身分証明書』(1964年)をはじめとする60年代の作品からもうかがえるが、スコリモフスキの映画のユーモアといえば初期の代表作の一つである『バリエラ』(1966年)に集約される。ストーリーが分断されたナンセンスの極みの連続で、政治も社会もヘッタクレもなくみんなまとめて笑い飛ばすみたいな諦観すら感じられ、寒気がするほどの冷笑感覚に震える。多数登場する人物たちがみな真面目な顔をしているからこそ異様でゾクゾクしてくるのだ。

 目下の最新作『エッセンシャル・キリング』(2010年)は、スコリモフスキのストロングでストイックな一面がよく表れた傑作である。紛争が続くアフガニスタンの地で幕を開けるがゆえに政治的な映画と思いきや、そういった地平から逃げ延びて生き延びる人間の生存本能のパワーを描いたかのような展開になっている。スコリモフスキ自身が言うように「シルヴェスター・スタローン主演の映画『ランボー』とアンドレイ・タルコフスキーの映画を足して割ったような」作品で、「『ランボー』 meets タルコフスキーの『ストーカー』『サクリファイス』」とも言いたくなる作りなのだ。戦闘と拷問の熱気と雪の中のシーンの冷気の混ざり合いに痺れるばかりである。ヴィンセント・ギャロが演じる主人公の男に一切セリフがなく他の作品以上に緊張感が格別だが、ふとした瞬間に意表を突くエロとユーモアも例によってチラリと覗かせる。

 スコリモフスキの映画は見終った後に「あれはなんだったんだろう......」という幻影と幻覚が入り混じった感覚にも襲われ、しばらく席を立てなくなる。モノクロだろうがカラーだろうが神経を気持ちよく締めつける映像も、時間軸をズラしながら味わい深く迫る脚本も、無限の奥行きをたたえているからだ。わかりやすいものや口当たりのいいものも結構だが、「これぞ映画!」と静かに叫びたくなるのがスコリモフスキなのである。
(行川和彦)


【関連サイト】
ポーランド映画祭2012
『アンナと過ごした4日間』(DVD)
[イエジー・スコリモフスキ略歴]
1938年5月5日、ポーランド生まれ。1964年に『身分証明書』で長編デビュー。その後、『不戦勝』『バリエラ』『出発』『手を挙げろ!』を発表し、ポーランド映画界の最前線に躍り出る。内外の映画賞も数多く受賞。1991年の『Ferdydurke』からしばらく監督作品がなかったが、2008年に『アンナと過ごした4日間』で17年ぶりに復帰。他の追随を許さぬ独自の世界観を見せつけ、映画ファンを驚嘆させた。
[主な監督作品]
1964年『身分証明書』/1965年『不戦勝』/1966年『バリエラ』/1967年『出発』、『手を挙げろ!』/1978年『ザ・シャウト さまよえる幻響』/2008年『アンナと過ごした4日間』/2010年『エッセンシャル・キリング』