映画 MOVIE

杉江敏男 〜東宝娯楽映画の星〜

2013.05.05
社長シリーズ、若大将シリーズ、そしてサスペンスも

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 杉江敏男は1950年に監督デビューしてから約20年の間に68本もの作品を手がけた東宝娯楽映画の星である。会社の命令により、「芸者小夏シリーズ」「三人娘シリーズ」「お姐ちゃんシリーズ」「社長シリーズ」「若大将シリーズ」「駅前シリーズ」「クレージー作戦シリーズ」といったドル箱映画を確実にヒットさせるべく、杉江は一定の予算と時間の中でひたすら会社本位の作品を撮り続けた。今、彼の名前を見てピンとくる人がどれくらいいるかは分からないが、これらのシリーズ名を一つも知らない映画ファンはいないだろう。

 娯楽映画というと軽く見られがちだが、曲者揃いのスターたちがこぞって出演する撮影現場を仕切り、会社の意を汲み、なおかつ自分の意も配合しながら、円滑に撮影を進めていくのは容易なことではない。二流、三流の監督には手に負えない仕事である。幸か不幸か、杉江はその手腕を人並み以上に持ち合わせていた。事実、彼が監督した『サラリーマン忠臣蔵』『大学の若大将』などは、シリーズの中でもひときわ精彩を放っている。そこには笑いだけでなく、閃きがあり、程よいスリルがある。行き詰まっている人の思考をほぐすような人生の処方箋さえある。

 若い頃、杉江は早稲田大学の映画研究会に属し、モンタージュ理論を研究していた。森繁久彌とは同期で、当時から交流があったという。
 サスペンス狂で、ヒッチコックのような映画を撮りたいと思っていた杉江の希望に反し、会社から回される仕事はシリーズものばかり。晩年、杉江は佐藤利明氏のインタビューでそのことを嘆いていたようである。

 もっとも、サスペンス映画を全く撮っていないわけではない。松本清張をして「日本のスリラー映画もここまで成長したかと感心した」といわしめた『三十六人の乗客』、蓋然性の犯罪を扱った山岳スリラー『黒い画集 ある遭難』(原作は松本清張)を遺している。どちらも日本のサスペンス映画史の死角に生まれた傑作だ。一方はバス、一方は鹿島槍ヶ岳というシチュエーションを活かし、そこに人間ドラマを織りまぜて、サスペンスを盛り上げていく。そのテクニックは、確かにスリラーのエキスパートになっても十分やっていけたのではないか、と思えるほど冴えている。

随所に光る職人技

 娯楽シリーズの監督としての腕を買われ、サスペンスという「武器」を十全に活かしきれなかったのは不幸だったかもしれない。とはいえ、もし杉江がスリラー専門になっていたら、「社長シリーズ」や「若大将シリーズ」はどうなっていただろう。ほかの誰かがメガフォンをとっていたとして、果たして『サラリーマン忠臣蔵』や『大学の若大将』のようなクオリティを獲得することが出来ただろうか。答えは「否」だと思う。

 杉江の「武器」は、シリーズものでもそれなりに活かされている。ちょっとしたスリルを盛り込み、ドキドキハラハラを演出することで、最終的に観客が安堵感や満足感を得られるように出来ているのだ。

 例えば、『大学の若大将』には「若大将が水泳大会に間に合うかどうか」、『香港クレージー作戦』には「チャンさんがクレージーのステージを観て笑ってくれるかどうか」、『サラリーマン忠臣蔵』には「大石商事が天野化学と契約出来るかどうか」といったスリルが仕掛けられている。「スリル」というと大袈裟に聞こえるかもしれないが、そう呼びたくなるほど劇的な高揚感の磁場が生まれているのである。しかも、結局はハッピーエンドになる、と分かっていながら、ついついハラハラしてしまう。サスペンスの何たるかを分かっている杉江ならではの職人技である。

 美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみが主演した『ロマンス娘』のような映画にも、森下という胡散臭い男(森繁久彌)を登場させ、その正体を探る、というサスペンスを仕掛けている。もっとも、この要素はさほど機能することなく、不完全燃焼で終わっている。森下の存在をクローズアップすると話がドラマティックになりすぎるため、あえて中途半端な扱いにしたのかもしれない。これはちょっと勿体なかった。

 杉江流の音楽の聴かせ方、見せ方にもふれておくべきだろう。下手な和製ミュージカルだと、ステージのシーンで退屈してしまうが、杉江作品ではそういうことは起こらない。カット割り、カメラワーク、照明の妙味で、観客を楽しませ、ストーリーの停滞を感じさせないのだ。三者三様のパフォーマンスが見所の『ジャンケン娘』や『ロマンス娘』などは、和製ミュージカルの教科書みたいなもの。美空ひばりは黄色、江利チエミは赤色、雪村いづみは青色という具合に、衣装を色分けしているところもカラー映画ならではである。それにしても、ここまで人気と実力を申し分なく兼ね備えた大スターが競演していたとは(今さらいうまでもないけど)なんとも贅沢な話だ。

『サラリーマン忠臣蔵』について

 私が選ぶ究極の杉江作品は『サラリーマン忠臣蔵』である。これはサラリーマン映画の金字塔といっていいだろう。タイトル通り忠臣蔵のパロディで、ベースになっているのは『仮名手本忠臣蔵』。森繁久彌の役名もズバリ、大石良雄。赤穂産業の専務である。社員の名前も小野寺(加東大介)や寺岡(小林桂樹)といった調子。ロマンス担当で軽子(司葉子)、勘平(宝田明)まで出てくる。もちろん、社長は浅野(池部良)、仇役は吉良(東野英治郎)だ。社長シリーズの中では、森繁のおちゃらけた部分はわりと控えめで、狙っているマダム(草笛光子)を寺岡にとられて三枚目ぶりを見せるところは笑えるが、基本的には真面目である。喜劇として考えるなら、もっと笑える喜劇は山ほどある。それより最高に粋なサラリーマン物語として観た方がよい。伝統音楽とモダンなブラスサウンドを融合させた神津善行のスコアも、古典と現代を噛み合わせた本作のコンセプトに沿っている。

 忠臣蔵の話は、個人的にあまり好きではないが、この『サラリーマン忠臣蔵』は別である。浅野社長の死後、赤穂産業を乗っ取る吉良。その傍若無人な振る舞いに不満を溜め込む社員たち。そこで大石はひそかに新会社設立を決意し、若狭金属の桃井(三船敏郎)に援助を求めた後、宴席で吉良に辞表を投げつけるのだが、このシーンが最大の見せ場だろう。投げつける前、大石は赤穂浪士の衣装に着替え、刀片手に「臥薪嘗胆幾辛酸〜♪」とやるのだが、これがたまらない。本当に洒落ている。こんなことをやってサマになる人、森繁以外なかなか思いつかない。

 この後、続編で新会社・大石商事は窮地に追いつめられ、大石も困り果てるが、一発逆転で志を遂げる。とにかく最後まで森繁久彌が異様に格好良く見える映画である。だらしないところもあるが、皆のために矢面に立っている社長、という印象の方が圧倒的に強い(ほとんどの部下は無能)。森繁の前では池部良も三船敏郎も霞んで見える。

 いわゆる嫌われ役が多いのもポイントだ。その代表が、東野英治郎=吉良剛之介、山茶花究=吉良の秘書、有島一郎=大野久兵衛、三橋達也=大野のどら息子、南道郎=肥後豊である。この中で最も異質な存在感を放っているのは肥後豊だろう。肥後は大石商事を振り回す天野化学の社員で、その冷やかな佇まいには喜劇的要素のかけらもない(南道郎は元喜劇役者)。そして全く堅気に見えない。肥後はいかにも自分が決定権を持っているように見せかけて、取引先から連日のように接待を受けている。その実、社内では大して権力を握っているわけではない。取引先から結論を求められても、「こんにゃく問答」でかわす。サラリーマン経験者なら、どこかで見たことのあるタイプのキャラクターだろう。杉江はこういった「悪役」を丁寧に扱い、きちんと見せ場を作っている。

 『サラリーマン忠臣蔵』は「東宝サラリーマン映画100本記念」として製作された。これを喜劇の枠だけで括ってしまうと、桃井、お軽、勘平、加代治など、重い空気を出すキャラクターがどうしても無粋に映る。ただし、これは喜怒哀楽を包括したドラマティックな「サラリーマン映画」なのである。いちおう「社長シリーズ」の一作となっているが、既述したように、森繁久彌の役は赤穂産業の専務であり、途中で大石商事の社長になるものの、最後は赤穂産業の専務に戻る。そういう意味でも、例外的な作品とみなしてよい。杉江自身にも、この機会を利用して一級の人間劇を撮ろうという気概があったに違いない。
(阿部十三)


【関連サイト】
『サラリーマン忠臣蔵』(DVD)
[杉江敏男略歴]
1913年9月24日、静岡県生まれ。早稲田大学商学部卒業。P・C・Lに入社し、助監督に。1950年に『東京の門』で監督デビュー。1954年、岡田茉莉子主演の『芸者小夏』が大きな話題を呼ぶ。1955年、美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみ主演の『ジャンケン娘』が大ヒット。それ以後、「お姐ちゃんシリーズ」「社長シリーズ」「若大将シリーズ」「駅前シリーズ」「クレージー作戦シリーズ」で良作を世に送り出したが、1960年代後半から仕事が減り、テレビドラマに活動の場を移した。1996年10月10日、死去。
[主な監督作品]
1950年『東京の門』/1951年『その人の名は云えない』/1952年『青春会議』/1953年『女心はひと筋に』/1954年『芸者小夏』/1955年『ジャンケン娘』/1956年『ロマンス娘』『のんき夫婦』/1957年『三十六人の乗客』『忘却の花びら』/1959年『大学のお姐ちゃん』『戦国群盗伝』/1960年『サラリーマン忠臣蔵』/1961年『続サラリーマン忠臣蔵』『黒い画集 ある遭難』『大学の若大将』『アッちゃんのベビーギャング』/1962年『銀座の若大将』『社長洋行記』『続社長洋行記』/1963年『社長漫遊記』『続社長漫遊記』『香港クレージー作戦』/1964年『無責任遊侠伝』/1969年『喜劇 駅前桟橋』