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田坂具隆の戦争映画

2017.10.10
 田坂具隆監督の作品で現在広く知られているのは、1950年代以降に製作されたものだろう。『女中ッ子』(1955年)、『陽のあたる坂道』(1958年)、『五番町夕霧楼』(1963年)、『鮫』(1964年)は全て田坂監督作である。しかしそのキャリアは1920年代に始まっており、『正義の強者』(1927年)、『結婚二重奏』(1928年)などによって若くして力量を認められ、『真実一路』(1937年)、『路傍の石』(1938年)の頃には監督としての地位を確立していた。そして、日中戦争以降、1945年まで戦争映画も手がけていた。

『五人の斥候兵』

 『五人の斥候兵』(1938年)は、日本の戦争映画の中で最も高く評価された作品の一つであり、戦後も度々上映され、賞賛されてきた。この映画がヴェネチア国際映画祭で賞を獲ったのは三国同盟の恩恵だとはしばしば言われることだが、それだけが受賞理由なら、戦後になっても戦意高揚映画の枠をこえて評価されることはなかったはずだ。やはり作品としてすぐれているから、注目を浴びたのである。

 話の内容はシンプルだ。日中戦争の最中、敵の偵察に向かった5人の日本兵が中国兵に囲まれ、絶体絶命の包囲網から逃れる途中で仲間とはぐれてしまう。本隊の方では、なかなか帰ってこない5人の身を案じ、不安に苛まれる。そこへようやく1人、2人と帰ってくると、皆は我が事のように喜ぶ。互いを気遣う仲間内の友情は素晴らしいものだが、それにしても兵士たちは泥臭く、涙もろい。筋骨隆々のヒロイックな兵士は出てこず、華々しい戦闘シーンもない。ラストは「海ゆかば」が流れる中、行軍する兵士たちの後ろ姿でエンドマークである。

『土と兵隊』

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 『土と兵隊』(1939年)は、ひたすら兵士たちの歩く姿を描いた作品。ひどい泥濘を進む際も、ぐちゃぐちゃという効果音を加えて行軍の過酷さを強調している。そのメッセージは、戦争というのはまるで歩くことのようだと思った、というセリフに集約されている。まさに軍歌で歌われる「どこまで続く泥濘ぞ」の世界だ。兵士たちの会話に、「俺たちは一体どこにいるんだ。俺たちは一体何をしてるんだろう」「なあに生意気な」というやりとりがあるのも忘れがたい。この会話の後、誰かが屁をしたことで乾いた笑いが起こり、疲労と不安の空気は何となくうやむやになる。

 後半には約30分に及ぶ激しい戦闘シーンがあり、現実の経過時間とほぼ同時進行でトーチカを奪取するまでの様子が描かれる。ここでも未曾有の作戦や天才兵士の活躍で敵を一網打尽......という展開は一切なく、ひたすら地味に延々と銃撃戦を行い、少しずつ前進し、トーチカ奪取に成功する。その描写は迫力満点だが、もはや記録映画的である。

反戦的なのか

 こういう映画は、現代の視点では、「戦争になんか行きたくない」と思わせるものにしか見えない。では、反戦映画なのか。この点について、ルース・ベネディクトは『菊と刀』の中で、日本人にとって兵士が苦労する様を描くことは、むしろ戦意高揚につながる、と指摘している。たしかに戦場で身を粉にすることが究極のご奉公という考えはあっただろう。しかし、1941年に行われた田坂具隆と熊谷久虎の対談の中で、熊谷監督が『土と兵隊』について、「反戦的だと言った人さえあった」と証言しているところをみると、やはり観客の反応はさまざまだったのだ。

 映画的な効果で言うなら、『土と兵隊』は書簡の形式で編まれた火野葦平の原作を大幅に改変しながらも、次のセリフは巧みに活かしている。「最も簡単にして単純なるものが最も高いものへ、直ちに通じる」ーーこれは広い平野の中を前進する兵士たちをロングショットで捉えたカメラによって表現される。兵士は無の境地で死の中に飛び込む「最も簡単にして単純なるもの」として観客の目に映る。広大な自然を背景に駆ける兵士たちを捉える移動カメラの素晴らしさも特筆に値する。こういった映像に心打たれ、「自分もあの兵士たちと運命を共にしたい」と涙する観客がいたとしても不思議はない。

 とはいえ、田坂監督の関心は、あくまでも戦争と兵士の現実を誠実に描くことにある。戦意高揚に重きを置いていたとは思えない。もとより反戦映画ではないが、これらの作品に盲目的な日本賛美、戦争讃歌の烙印を押すことは難しい。逆に、プロパガンダを企図する者が、そこを物足りなく感じたであろうことは容易に想像がつく。後年、大島渚がある領事館から政府に送られた当時の報告書を紹介しているが、それによると、外国の映画賞を獲得した『五人の斥候兵』を対外宣伝に使いたい意向を示す反面、勇壮さや勝利感が不足していること、泥まみれのゲリラ戦の印象が強いことを遺憾としていたようである。

 監督が込めたのは、あくまでも「兵士たちはこんなに大変な思いをしているのだ、刮目せよ」と内地の人に伝える意図のみで、観客がどう反応するかまでは関知していない。安直なヒロイズムを持ち込んで、観客を扇動する作りではないのだ。『五人の斥候兵』を映画館で観た新藤兼人は、「自分に置き換えて考えられ、戦争へもっていかれたらおれはどうなるだろうかと、実感となって胸をえぐってきた」と回顧しているが、まさにそういう「実感」を与える映画なのである。
続く
(阿部十三)


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