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ジョセフ・L・マンキーウィッツについて その2

2018.11.02
『五本の指』

 『五本の指』(1952年)は第二次世界大戦を背景にしたスパイ映画。中立国トルコの英国大使館で有能な執事として働くディエロ(ジェームズ・メイスン)には裏の顔があった。連合国側の機密情報を高値でドイツ側に売るスパイである。ディエロは以前仕えていた伯爵の未亡人アンナ(ダニエル・ダリュー)の協力を得て、素性を隠し、巧みにナチスと交渉するのだが......。原作はL・C・モイズィッシュの『キケロ作戦』。キケロはコードネームである。これは実話ベースで、エリエサ・バズナが機密をドイツ側に全て流していた事件を題材にしている。

 マンキーウィッツが手がけたサスペンスなら、面白くならないわけがない。ディエロが小型カメラで書類を撮影するシーンは、本当に引き込まれる。話の筋や台詞など、この監督らしいシニカルなスパイスがきいているところも良い。エレガントで抜け目のない執事を演じたのはジェームズ・メイスン。適役である。ダニエル・ダリューも狡賢くプライドの高い伯爵未亡人を好演している。

『裸足の伯爵夫人』

 『裸足の伯爵夫人』(1954年)は映画界の内幕を描いた作品。マドリッドの酒場で踊っていた美貌のダンサー・マリア(エヴァ・ガードナー)は、全盛期を過ぎた監督ハリー(ハンフリー・ボガート)とタッグを組んで大成功を収め、熱狂を巻き起こす。マリアは上流社会の人になるが、型にとらわれることを好まず、宣伝担当のオスカー(エドモンド・オブライエン)にも従わない。金にモノを言わせる男にもなびかない。そんな時、イタリアの伯爵ヴィンチェンツォ(ロッサノ・ブラッツィ)と出会い、結婚する。しかし伯爵は戦争で性的不能者になっていた。

 物語を進めるのは3人の男ハリー、オスカー、ヴィンチェンツォのナレーションである。マンキーウィッツお得意の手法だ。伯爵の大邸宅は唖然とするほど豪華だが、夢を見させるような雰囲気とはひと味違う。伯爵の家は、お金はあるけど自分の力では何も生み出せない大貴族の末裔の象徴として描かれている。そのため、救いようのない孤独やむなしさが漂っている。

『去年の夏 突然に』

 『去年の夏 突然に』は、深層心理に潜む悪夢のような記憶、近親相姦的な母子関係、自分の母親と姪の美しさを餌に男たちをおびき寄せて次々とセックスの相手を買う同性愛、そしてカニバリズム......という具合に、衝撃的なテーマに切り込んだ問題作。1937年、脳外科医のクックロヴィッツ(モンゴメリー・クリフト)は、大富豪の未亡人ビネブル(キャサリン・ヘプバーン)から、去年の夏以降、精神錯乱を起こしている姪キャサリン(エリザベス・テイラー)のロボトミー手術を早急に行ってほしいと依頼される。しかし、クックロヴィッツが直接会ったキャサリンは、情緒不安定ではあるが、危険を伴う手術を要する患者には見えない。キャサリンの深層心理には何かが隠されている。それは去年の夏、ビネブル夫人の息子セバスチャンが旅行先で亡くなった時、キャサリンがその場に居合わせたことと関係しているらしい。クックロヴィッツは、ビネブル夫人からの圧力に抵抗し、独自のカウンセリングでキャサリンを治療し、事の真相に迫ろうとする。

 キャサリン・ヘプバーンは自分の役にうんざりしていたらしいが、そんな彼女からサイコな演技を引き出したマンキーウィッツの手腕は評価に値する。ヘプバーンに堂々とぶつかっていき、引けを取らないリズ・テイラーも素晴らしい。このハードな題材に打ち込むリズの演技は真摯そのもので、集中力も研ぎ澄まされており、作品全体の緊張と弛緩のタイミングを司っている。結果、キャサリンとリズは、『イヴの総て』のベティ・デイヴィスとアン・バクスターのように、同時にアカデミー主演女優賞にノミネートされた。
(阿部十三)


【関連サイト】
Joseph L. Mankiewicz(IMDb)