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工藤栄一 〜ハードな集団時代劇〜

2019.01.12
特殊な時代劇の継承者

 時代劇の殺陣に最も大きな革新をもたらしたのは、黒澤明監督の『七人の侍』(1954年)と内田吐夢監督の『血槍富士』(1955年)ではないだろうか。一方は雨の中で集団と集団が泥まみれになりながらぶつかり合い、もう一方は槍の構えもサマになっていない槍持ちが何度も突き損じたり転んだりしながら悪戦苦闘する。いずれも、斬られる心配のない剣豪が華麗な殺陣を披露する時代劇のイメージとはかけ離れている。極限状態に置かれた人間が見せる、殺気と緊張に満ちた殺し合いを描いているのだ。
 東映の工藤栄一監督はそんな特殊な時代劇の継承者として、後世に残るハードな映画を完成させた。『十三人の刺客』(1963年)、『大殺陣』(1964年)、『十一人の侍』(1967年)である。三作とも、タイトルから想像できるように登場人物が多く、殺陣が大掛かりであるばかりでなく、敵味方双方の侍の心理、思惑を描いている点で共通している。一人のヒーローではなく、集団にスポットを当てたその作品は、「集団時代劇」ないし「集団抗争時代劇」と呼ばれた。

『十三人の刺客』

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 『十三人の刺客』は工藤監督の代表作。粗暴と淫虐の限りを尽くす松平斉韶(菅貫太郎)を討とうとする島田新左衛門(片岡千恵蔵)と、斉韶に罵られながらも家臣として主を守ろうとする鬼頭半兵衛(内田良平)を軸とした物語である。緊張感漂う実録風のアプローチで繰り広げられる2人の知の攻防と、いかめしい様式感と、その様式を取り外した壮絶な死闘(なんと30分間に及ぶ)が見どころだ。
 ただし新左衛門と半兵衛が命のやりとりをする場面は様式的である。ここで新左衛門は斉韶を斬り捨てた後、半兵衛と一対一で戦うことを望み、わざと半兵衛に斬られる。半兵衛が「なぜわしが刃を受けたのだ」と問うと、新左衛門は「おぬしの殿を斬らねばわしの侍の一分が立たん。おぬしもわしを斬らねば侍の一分が立つまい」と答える。その昔、山下耕作監督の『総長賭博』で鶴田浩二が若山富三郎を刺す場面を「男同士の交情を見るような凄絶さ」と評した文章が文藝春秋の本にあったが、互いに実力を認め合う新左衛門と半兵衛が最後の言葉を交わすこの場面も、交情に近いものを思わせる。

 これで終わりなら綺麗なのだが、工藤監督の集団時代劇はそのようには作られていない。すぐ場面が切り替わり、カメラは凄腕の剣豪平山(西村晃)をとらえる。そこへ斉韶側の配下浅川(原田甲子郎)が現れて斬りかかる。すると平山の刀が折れる。平山はそれまでのイメージを覆すかのようになりふり構わず逃げ回り、浅川に斬られて絶命する。その無残な死にざまが映画の要点となって浮き上がってくる。

『大殺陣』と『十一人の侍』

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 『十三人の刺客』の後続にあたる『大殺陣』と『十一人の侍』も、非人道的な「天下の御政道」を覆す一種のテロリズムを描いている。英雄的な死と隔絶しているところも同じだ。『大殺陣』では、山鹿素行(安部徹)が「天に剣無し、人をして斬らしむ」と語り、徳川綱重暗殺計画を進めるが、実際の暗殺は天命などという聞こえの良い言葉の中に収まるものではない。
 平四郎(里見浩太朗)をはじめとする刺客たちは、泥だらけになり、汚い川でずぶ濡れになり、何度も斬られ、血まみれになって死ぬ。しかも最後は、刺客でも何でもない傍観者の侍(平幹二朗)が平四郎たちの死体を見て突然怒りに燃え、綱重を斬るのだ。演出的にも、刺客が行列を追い込むところで安保闘争のニュースフィルムの音(回転数を遅くして加工)をかぶせたり、手持ちカメラを大いに動かしたりと、重厚な様式感を突き崩すその乱調ぶりは『十三人の刺客』以上だ。

 工藤監督といえば「雨が好きな人」と答えたくなるほど、雨をよく降らせるが、それをクライマックスで効果的に用いた初期の例が『十一人の侍』。終盤の殺陣が始まる前、雨が降り出すと、暗さと悲壮感が漂い、これから無秩序な死闘が行われることが暗示される。
 その陰惨な空間の中で、仙石隼人(夏八木勲)をはじめとする侍たちは捨て身の特攻作戦を決行する。あたりに立ちこめている濃い霧は、まるで殺気を視覚化させたもののようだ。侍たちは次々と斬られ、あるいは火薬を懐に入れて自爆する。死ぬことも殺すことも何も美化されていない。最後は、隼人が「邪なる天下御政道を斬るため参上いたしました」と言い、非道な松平斉厚(菅貫太郎)を斬るのだが、正義がなされた後のような爽快感は全くない。

テレビドラマから再び映画へ

 集団時代劇は主流とはならなかったが、ヤクザ映画の方面に影響を及ぼし、大きな収穫をもたらした。深作欣二監督の『仁義なき戦い』(1973年)はその代表例と言っていいだろう。工藤監督自身はというと、1970年代はほとんど映画を撮らず、もっぱらテレビドラマの演出に精を出し、「必殺」シリーズや『傷だらけの天使』の成功に大きく貢献した。サスペンスを撮る腕も確かで、1977年放送の『犬神家の一族』を不気味で格調高い傑作に仕上げ(京マチ子の犬神松子が絶品)、古谷一行主演の金田一シリーズを最高の形でスタートさせた。

 映画界に戻り、『その後の仁義なき戦い』(1979年)で惨憺たる青春を描いた工藤監督は、次に『影の軍団 服部半蔵』(1980年)を撮ったが、これは緊張感を欠く出来に終わった。甲賀四郎兵衛(緒形拳)率いる甲賀勢を相手に、下の半蔵(渡瀬恒彦)率いる伊賀勢がアメフトを模した攻撃を仕掛けるという殺陣は違和感しかなく、半蔵たちが最後の戦いに挑む際、インストが延々流れているのも場違いである。序盤の雰囲気は悪くないし、キャストも良いのに、もったいない作品だと思う。

『野獣刑事』

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 1980年代にはテレビドラマ『死の断崖』(1981年)や映画『ヨコハマBJブルース』(1981年)を松田優作主演で撮っているが、この時期の傑作は『野獣刑事』(1982年)だ。主人公は、掟破りの刑事・大滝(緒形拳)。大滝は、覚せい剤で捕まった阪上(泉谷しげる)の元情婦でボロアパートに住む恵子(いしだあゆみ)と関係を結び、その息子・稔(川上恭尚)とギクシャクしている。そんなある日、阪上が出所し、恵子の家にやって来る。阪上はそのままアパートに住みつき、稔にも懐かれるが、また覚せい剤に手を出してしまう......。
 大阪を舞台に、底辺を生きる人々の諦め、悶え、叫びをじっくりと描き込んだ人間ドラマで、感動という言葉では整理がつかないくらい複雑で重たいものを我々の胸に残す。大滝から連続殺人犯をおびき寄せる囮になるよう懇願された時に、恵子が「そんなんイヤや。そんなんしたら、わたし殺されてしまうやんか」と言う時の声音、カレーライスを食べながら大滝が浮かべる涙など、役者の演技の素晴らしさを挙げ始めたらキリがない。演出も冴えていてテンポが良く、音楽は無駄に流れることがないし、映像も青の空間に赤を配した色づかいを象徴的に用いて画調を引き締めている。

『必殺!III 裏か表か』

 私が初めて観た工藤監督の映画は、『必殺!III 裏か表か』(1986年)。必殺シリーズの劇場版だが、仕事人は次々と斬られるわ、中村主水(藤田まこと)は身心共に追い詰められるわで、当時子供だった私には面白さが分からなかった。前作『必殺! ブラウン館の怪物たち』(1985年)のテイストと異なりすぎていたのである。
 しかし、これは工藤ワールド全開の傑作である。主な音楽を『必殺仕置人』(1973年)のテーマ(「仕置のテーマ」「闇に裁く」「悪の果つる時」)にしているのは、この映画が大人向けのハードな世界、そして仕事人同士の対等な関係と絆を描いたものであることを示すためにほかならない。『仕置人』時代の中村主水はほかの仕置人たちと対等な関係にあり、そこには友情じみた絆があった。それがこの映画では、窮地に追い込まれた主水を助けに行く仲間たち、という図式で再現されている。

 ラストの集団による濃密な殺陣は約8分。竜(京本政樹)や秀(三田村邦彦)は決め技をほとんど使えず、棒や刀を振り回す。主水も仕込み刀などは使わず(使う余裕もなく)真正面から敵を斬り倒す。敵の数はなかなか減らない。なぜ江戸両替商にこんなゴリゴリの武装集団が......と突っ込みたくなるが、それはどうでもいい。見かけのカッコよさを排したその空間に、極限状態の人間にしか出せない凄味が浮かび上がってくるところが良いのだ。爽快感とは無縁なラストも工藤監督らしい。

 集団時代劇を得意とした工藤監督はドラマ版『大忠臣蔵』(1989年)の演出も手がけたが、全六部のこの超大作で担当したのは第一部と第二部。せめて第六部の「討ち入り」は工藤監督が担当すればよかったのに、と思わないでもないが、もし撮っていたらハードすぎて、良い子が見る忠臣蔵にはなっていなかったかもしれない。しかし、だからこそ観てみたかったというのがファンの本音である。
(阿部十三)


【関連サイト】

[工藤栄一略歴]
1929年7月17日、北海道生まれ。慶応大学法学部を卒業後、東映に入社し、中川信夫監督の『江戸の花道』、萩原遼監督の『笛吹童子』などの助監督を務めた後、監督に昇格。次郎長血笑記シリーズや美空ひばりの映画を撮り、1963年公開の集団抗争時代劇『十三人の刺客』で批評家に支持された。1970年代は主にテレビドラマの演出を行い、1980年代から再び精力的に映画に取り組み、『野獣刑事』『必殺!III 裏か表か』などの傑作を撮ったが、2000年9月23日死去。
[主な監督作品]
1959年『富獄秘帖』/1960年『次郎長血笑記 秋葉の対決』『ひばり捕物帖 折鶴駕篭』/1961年『右門捕物帖 まぼろし燈籠の女』/1962年『胡蝶かげろう剣』/1963年『忍者秘帖 梟の城』『十三人の刺客』/1964年『大殺陣』/1965年『やくざGメン 明治暗黒街』/1967年『日本暗黒史 血の抗争』『十一人の侍』/1968年『日本暗黒史 情無用』/1969年『五人の賞金稼ぎ』/1974年『まむしの兄弟 二人合せて30犯』/1979年『その後の仁義なき戦い』/1980年『影の軍団 服部半蔵』/1981年『ヨコハマBJブルース』/1982年『野獣刑事』/1983年『逃がれの街』/1986年『必殺!III 裏か表か』/1988年『高瀬舟』/1998年『安藤組外伝 群狼の系譜』