映画 MOVIE

川島雄三 〜日本軽佻派であり、天才であり〜 [続き]

2011.06.26
2人の女優

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 『女は二度生まれる』は若尾文子主演作。無欲でお人よしの芸者、小えんが様々な男たちと関係を結ぶことで少しずつ女として変化してゆくプロセスを描く。諸行無常の人間模様をこまやかに映し出す川島雄三の演出がすばらしい。若尾の魅力も十二分に引き出されており、難役にぴったりとはまっている。
 撮影現場での川島について、若尾は川本三郎との対談でこう語っている。
「ダメとかなんとかいって、ギュウギュウ絞ったりとか、そういうこと一切ないんですよね。もう自由に泳がせて、大きな声も出さないし。俳優たちが勝手に楽しんで、ああだろうかこうだろうかって言って、だんだんふくらんで。そういう監督さんでしたね。シャレたね。大人っぽい感じ。まともに真正面から深刻になんかなさらない」
 その一方で、若尾文子のことを自分の手で大女優にしたい、という願望も抱いていたようである。

 ただ、若尾文子とくれば、まず増村保造監督のミューズというイメージの方が強い。それと同様に、川島監督のミューズとして大半の人が思い浮かべるのは新珠三千代ではないだろうか。2人のコンビ作は増村&若尾ほど多くないが、『洲崎パラダイス 赤信号』という不滅の傑作がある以上、そのイメージが揺らぐことはないように思える。

 洲崎の遊廓街の入り口。目の前のアーケードをくぐればそこは色欲の世界。その境にある飲み屋に、腐れ縁の男女がけだるい雰囲気を漂わせながらやってくる。元娼婦の女はその飲み屋で働き、男はそば屋で働き始めるが、やがて女は飲み屋の客である電気屋の店主に囲われてしまう......。
 男女の腐れ縁を描きながらベタつくことがない。叙情、洗練、ユーモアの調合が絶妙である。蔦枝に扮した新珠三千代の美しさも際立っている。ダメ男を絵に描いたような義治役の三橋達也、そば屋の可憐な店員玉子役の芦川いづみも良い。飲み屋の女将お徳役の轟夕起子にいたっては、絶品としか言いようがないほど演技が板についている。脇を固めるのは小沢昭一、河津清三郎。ベテランから若手まで役者たちが何ら遠慮することなく、水を得た魚の如く演技している。
「『幕末太陽傳』が僕の代表作ということになっていますが、自分としては本来、こういう作品の方が好きです」
 とは川島監督の言。彼は続編を希望していたが、実現しなかった。


『しとやかな獣』など

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 代表作として挙がることは少ないが、死の前年に撮られた『しとやかな獣』の表現意欲には鬼気迫るものがある。これは拝金主義一家のしたたかな生きざまを徹頭徹尾シニカルに描いたドタバタ劇。凝ったアングルや能楽囃子を大胆に駆使することで、ステレオタイプな映画の在りかたを壊し、独自の様式美を獲得している。大衆受けするような作品ではないが(興行的には大失敗)、ありきたりな生温い映画に飽きた人の感性には響くだろう。オープニングの能楽からふるっている。

 ほかに観ておくべき作品は『雁の寺』と『青べか物語』。どちらも川島の表現意欲が迸った力作である。『とんかつ大将』は無茶な展開を短時間に詰め込んだ作品で、名画枠では語れないが、私は個人的に偏愛している。あり得ないシチュエーションでの手術シーンは一見の価値あり。今もカルト映画ファンの間で語りぐさになっている。カルトと言えば、高橋貞二、岸惠子が出演した『相惚れトコトン同志』には崖の上で恋のライバルがフェンシングで戦うシーンがある。一度くらい観ておきたいのだが、ネガもプリントも現存しないらしい。


放っておけない魅力

 生前、川島雄三は多くの女性に愛されたという。女優からも人気があり、助監督だった今村昌平は複雑な想いを抱いていたようだ。「普通は俳優を、監督が叱り、助監督がとりなすものだが、わが川島組では僕が叱り、川島さんがとりなす風であった」と今村は回想している。

 私が面白いと思うのは、川島のことをひ弱でだらしない軟派な男と見下しながらも、献身的に働いていた今村の心理である。初めて『相惚れトコトン同志』で助監督についた時、どうしてこんなバカ映画を撮るのかと川島に尋ねたところ、「生活ノタメデス」という答えがかえってきたという。今村は川島を軽蔑した。それなのに何本もコンビを組んでいる。これは今村が義理堅い人間だったからとか、生真面目なサラリーマンだったからというわけではない。助監督の立場とはいえ、彼が本気で望めば仕事を断ることはできたのだ(実際、断った仕事もある)。
 こういう心理は理屈では何とも説明がつかないが、川島という人には、女性のみならず男性が見ても放っておけない磁力があったのだと思う。後に世界的監督になる今村もそれに引き寄せられ、何かとだらしない師に不満を抱きながらも、その底知れぬ才気と人間的魅力から離れることができなかったのだろう。
(阿部十三)


【関連サイト】
川島雄三 〜日本軽佻派であり、天才であり〜
監督・川島雄三
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【参考文献】
磯田勉編『川島雄三 乱調の美学』(ワイズ出版 2001年)
藤本義一著『川島雄三、サヨナラだけが人生だ』(河出書房新社 2001年)
川島雄三著『花に嵐の映画もあるぞ』(河出書房新社 2001年)
今村昌平編『サヨナラだけが人生だ 映画監督川島雄三の生涯』(ノーベル書房 1969年)
川本三郎著『君美わしく』(文春文庫 2000年)
四方田犬彦、斉藤綾子編著『映画女優 若尾文子』(みすず書房 2003年)
大谷晃一著『生き愛し書いた 織田作之助伝』(講談社 1973年)
[川島雄三プロフィール]
1918年2月4日生まれ。青森県むつ市田名部町出身。明治大学卒業後、松竹に入社。1944年、織田作之助原作の『還って来た男』で監督デビュー。以後、プログラムピクチャーを数多く手がける。1954年、日活に移籍。1957年『幕末太陽傳』で高い評価を受ける。1958年以降は東宝傘下の東京映画に移籍、大映でもメガフォンをとった。1963年6月11日朝、心臓衰弱により死去。
[主な監督作品]
1944年『還って来た男』/1948年『 シミ金のオオ! 市民諸君』/1952年『とんかつ大将』『相惚れトコトン同志』『こんな私じゃなかったに』/1953年『東京マダムと大阪夫人』/1954年『真実一路』/1955年『愛のお荷物』『あした来る人』『銀座二十四帖』/1956年『風船』『洲崎パラダイス 赤信号』『わが町』『飢える魂』『続・飢える魂』/1957年『幕末太陽傳』/1958年『女であること』『暖簾』/1959年『グラマ島の誘惑』『貸間あり』/1960年『赤坂の姉妹 夜の肌』/1961年『女は二度生まれる』『花影』/1962年『雁の寺』『青べか物語』『しとやかな獣』