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ジョージ・スティーヴンス 〜光と影の叙事詩〜

2012.04.11
寡作の大監督

 ジョージ・スティーヴンス監督は、そのキャリアの長さのわりに作品数が少ない。これは彼が完璧主義で、ひとつの作品に時間と予算をかけすぎていたためといわれている。ただ、そうして生まれた作品のいくつかは、映画史上でも、出演者のキャリアの上でも、大きな節目となった傑作として映画ファンに愛されている。
 たとえば1942年の『女性No.1』。これはハリウッドのベスト・カップルと謳われたキャサリン・ヘップバーンとスペンサー・トレイシーの初共演作である。1951年の『陽のあたる場所』は、モンゴメリー・クリフトとエリザベス・テイラーをスターの地位に押し上げた傑作。この映画が大成功を収めたことで、それまで強さ、逞しさが売り物だったハリウッドスターの系譜に、翳りや脆さという「負」の個性が加わったといっても過言ではない。1953年の『シェーン』はアラン・ラッドを大スターにした有名西部劇。1956年の『ジャイアンツ』はジェームズ・ディーンの遺作であり、西部の人間たちの生きざまを叙事詩的なスケール感で描いた大作である。

 ほかにも出世作となったキャサリン・ヘップバーン主演の『乙女よ嘆くな』、ジェローム・カーンの名曲「今宵の君は」が聴けるアステア&ロジャースのミュージカル『有頂天時代』、ケーリー・グラント主演の冒険活劇『ガンガ・ディン』、理想の母親像をアイリーン・ダンが好演した家庭劇『ママの想い出』、誰もが知る原作を映画化した『アンネの日記』、そしてイエス・キリストの生涯を描き切った力作『偉大な生涯の物語』など、そのフィルモグラフィーを飾る作品は、どれも存在感の大きなものばかり。扱うテーマも多岐にわたっている。しかし、この監督を語る上でメインとなる作品は、やはり『陽のあたる場所』『シェーン』『ジャイアンツ』ということになるだろう。

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 『陽のあたる場所』の原作は、セオドア・ドライサーの『アメリカの悲劇』(映画化は二度目)。野心を抱く貧しい青年ジョージは富豪の娘アンジェラに憧れている。その憧れが現実のものとなり、アンジェラの心を掴んだジョージは、それまで付き合っていた女子工員アリスと別れようとする。しかし、アリスは妊娠していた。頑として別れようとしないアリスに、ジョージは殺意を抱くが......という話。前半は甘美だが、後半は苦味しかない。
 この映画についてはいずれまた語る機会があるだろう。とにかく翳りのある二枚目モンティと、絶世の美女と讃えられたリズが、最も美しく撮られた作品である。随所で用いられるクローズアップも効果的だ。たとえばフランツ・ワックスマンによるロマンティックなメロディーにのせて愛を告白するモンティとリズのラヴシーン、モンティが殺意に目覚めるシーンなど、溜め息が出るような素晴らしさで、観る者を魅了してやまない。

 映画に夢中になりはじめた頃に観た作品なので、かなり思い入れがあるが、そんな私でも裁判のシーンにはおさまりの悪さを感じる。『赤と黒』のジュリアン・ソレルじゃあるまいし、これで死刑が確定するのか、と首を傾げたくなるような理不尽さ、脈絡のなさである。原作を読んでいないので分からないが、ボートが転覆した後の様子や逮捕後の取り調べの様子などを丁寧に描いていれば、こんな強引さは感じなかったろう。裁判に関わる人々の背景が見えてこないので、レイモンド・バー扮する非情な検事が単なる愚劣な狂人にしか見えない。もしかすると、当時の裁判はこの程度で成り立っていたのだろうか。それとも、映画会社の上層部によって本来あるべきシーンがカットされたとか、そういった事情があるのだろうか。

西部劇のスタイルを変えた『シェーン』

 『シェーン』は、流れ者のガンマンが開拓農民スターレット一家の世話になり、彼らをあの手この手で虐げている牧場主ライカーをやっつける、という話。ラストシーンでブランドン・デ・ワイルド扮するジョーイが叫ぶ「シェーン、カムバック!」はあまりにも有名だ。アラン・ラッドの早撃ちが0.6秒だとか、最後に映し出されるシェーンは実は死んでいるのではないかとか(映画『交渉人』の台詞にもそんなやりとりがある)、あるいは、シェーンが雄大な自然をバックにスターレットの家に向かってくる冒頭、背後に白いバスが見えるとか、何かと話題に事欠かない作品である。
 アラン・ラッドはもちろん、ジーン・アーサー、ヴァン・ヘフリン、ジャック・パランス、エミール・メイヤー、ベン・ジョンソンなど配役はほぼ完璧(ついでにいえば、犬たちもいい演技を見せている)。ヴィクター・ヤングが書いたテーマ曲「遥かなる山の呼び声」も、ワイオミングの自然の風景にマッチしている。牧場主と開拓農民それぞれの主張や立場を明確にし、単純な勧善懲悪では片付けられない「割り切れなさ」を滲ませているところも『シェーン』の特徴である。薄汚い悪党にしか見えないライカーにも言い分はあるのだ。
 ヒロインのマリアン・スターレット役にはジーン・アーサー。中年の落ち着いた色気と良妻賢母らしい雰囲気が混淆し、なかなかリアリティがある。これが場違いなグラマー美女だったら、作品も台無しだ。
 そのマリアンとシェーンの間に通い合う慕情、それを察知する夫、ジョー・スターレットの心の動きーージョージ・スティーヴンス監督はその辺りの人物関係の揺れをうまく描き出している。
続く
(阿部十三)


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