音楽 CLASSIC

ハンス・クナッパーツブッシュ 〜ワーグナーへの忠誠〜 序章

2011.05.10
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 豪放磊落な巨人、クナッパーツブッシュに関するエピソードはたくさんある。そのうち最も広く知られているのは、練習嫌いのクナ(クナッパーツブッシュの愛称)が本番当日になってようやくリハーサルにやって来て、オーケストラに挨拶をした後、「この作品は皆よく知っている。私も知っている。ではまた夕方お会いしましょう」といい残して去ったという話だろう。「練習嫌いってことは怠け者なのか」と思われそうだが(そういう側面もあったであろうことは否定しない)、これには即興性を重んじ、奏者にリハーサルの「慣れ」で演奏させず、本番で自分の指揮に身も心も委ねさせようという意図があった。

 それと同時にプレッシャーをかけてもいた。その作品を知っているのならあとは万事私に任せておきなさい。知らないのならお話にならないよ、と。自発性がなく怠けている者、自分の指揮に注意を払わない者に対してクナの怒りはとどまるところを知らなかった。反面、良い出来を示した者には心から敬意を表したという。

 予定調和を嫌う人が「同じ演奏の再生」を好むはずがない。クナはレコーディングにはあまり乗り気でなかった。デッカのプロデューサー、ジョン・カルショウも「我々がいかに努力しても、劇場であれほど完璧に明示されるその真髄をスタジオで蘇生させることは出来なかった」と回想している。しかし、それでも遺された音源はクナッパーツブッシュの演奏以外の何物でもないことを示している。