映画 MOVIE

リノ・ヴァンチュラ 〜2つの天職〜

2025.10.12
レスリング界から映画界のスターに

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 リノ・ヴァンチュラは当たり前のようにその役になりきり、リアルな存在感を出せる人である。無駄に構えず、カッコをつけず、堂に入った演技をするので、どんな役をやっても違和感がない。インパクトのあるギャング役を演じた後に、お堅い刑事役を演じても、不自然な感じがしない。実に得難いキャラクターである。容姿端麗な二枚目ではないが、中年の渋い魅力に溢れており、アクションにも迫力があり、生前は多くの映画ファンに愛されていた。

 リノは若い頃から演技の世界で活躍していたわけではない。数奇な運命に導かれて映画界に入ってきた人である。本名はリノ・ボルリーニ。1919年生まれのイタリア人で、子供の頃フランスに移住したが、生活が苦しく、9歳で働き始めたという。就いた仕事は様々で、ポーター、配達員、整備士、事務員などをして、母親を支えていた。

 転機が訪れたのは16歳の時。当時の勤務先だったホテルに滞在していたレスリング選手フレッド・オーベルランダーと出会い、その勧めでレスリングを始めたのだ。運動神経が良く、体格にも恵まれていたリノは、すぐに頭角を現した。彼にとってレスラーは天職だった。戦後はプロレスラーに転向、1950年には中量級のヨーロッパチャンピオンになった。しかし怪我で引退を余儀なくされ、トレーナーや試合の主催者としての活動にシフトした。

 そこへ映画界から声がかかり、名匠ジャック・ベッケルの『現金に手を出すな』(1954年)のギャング役でデビュー、狡猾で非情なギャングを演じ鮮烈な印象を残した。この時、主演のジャン・ギャバンから演技を続けるように言われ、俳優の道を選択。新たなギャング映画のスターとして活躍する一方、『火薬に火』(1957年)、『殺人鬼に罠をかけろ』(1958年)、『死刑台のエレベーター』(1958年)などで刑事役を演じ、演技の幅を広げた。

 この時期に出演した『情報(ネタ)は俺が貰った』(1958年)は、リノの魅力を前面に押し出したエンターテイメント作品。「ゴリラ」の異名を持つ秘密警察官が危険な目に遭いながら、国際的な犯罪組織を追い詰めるという話である。リノは車をひっくり返したり、閉じているドアをこじ開けたり、と怪力ぶりを発揮。かと思えば、工事現場のパイプを軽々とのぼって建物の屋根まで辿り着くという離れ業をやってのける。上司から無理難題を押し付けられたり、美しい女たちから好意を寄せられたりするところは、後年の007映画を思わせる。会話や演出に軽みがあるところも良い。

 クロード・ソーテ監督の『墓場なき野郎ども』(1960年)はジョゼ・ジョヴァンニ原作の犯罪映画。イタリアで逃亡中のギャングが銃撃戦で妻と相棒を失い、子供を連れて仲間を頼るが、誰も手を貸そうとしない。唯一助けてくれたのは若いチンピラ(ジャン=ポール・ベルモンド)だけだった......。友情と裏切り、孤独と滅びを描いた傑作で、コワモテながらも哀愁と疲労感を漂わせたリノの雰囲気が素晴らしい。リノはこの作品で高く評価され、40代でスターの座についた。

俳優としての代表作

 その後、ジャン=ピエール・メルヴィル監督の『ギャング』(1966年)と『影の軍隊』(1969年)、ロベール・アンリコ監督の『冒険者たち』(1967年)と『ラムの大通り』(1971年)、アンリ・ヴェルヌイユ監督の『シシリアン』(1969年)に出演。仁義を重んじる男、非情な男、友情に厚い男、純情な男、苦味走った男などをうまく演じ分けた。いずれも中年期のキャリアの充実ぶりを示す代表作だ。

 レジスタンス内の裏切りと粛清を描いた傑作『影の軍隊』でリノが演じたのは、リーダー格のジェルビエ。レジスタンスの掟に従順で、非情な男である。腹に一物あり、決してそれを見せない。人並みに愛想笑いもするし、ボスのジャルディ(ポール・ムーリッス)とは信頼し合っているが、カリスマ性はなく、マチルデ(シモーヌ・シニョレ)やフェリックス(ポール・クローシェ)などに比べて好感の持てない、性格の読めないキャラクターだ。リノはこの役を受けるのを躊躇し、メルヴィルは9年もかけて説得したという(ルイ・ノゲイラ著『ジャン=ピエール・メルヴィルの映画人生』)。しかしいったん引き受けると、リノは献身的にジェルビエになりきった。

 『冒険者たち』は、挫折を味わった男女3人が一攫千金を狙ってコンゴへ行くという話だが、この映画でのリノの表情は基本的に優しい。忘れがたいのは、船の上で夕陽を見ながら舵を取っているシーン。そこでレティシア(ジョアンナ・シムカス)に告白され、一瞬戸惑い、表情を繕うところなど、本当に自然で素晴らしい。最後にマヌー(アラン・ドロン)に優しい嘘をつくところも、映画史に残る名場面である。

 『ラムの大通り』は、禁酒法時代に酒を密輸していた船長コルニーが、偶然出会った憧れの女優のリンダ(ブリジット・バルドー)と恋に落ちる話。アクションありロマンスありのコメディだが、どこか切ない。大事なものをもう取り戻せないという喪失感、誰にもできない冒険を体験したという甘い感傷が胸を締め付ける。リノの繊細な表情の移ろいも見どころの一つ。『冒険者たち』と並び、ロベール・アンリコ監督がリノから新たな魅力を引き出した名作だ。

 1982年には全4話のテレビドラマ『レ・ミゼラブル』に出演。リノ版のジャン・バルジャンは、見るからに暗い過去と疲労感を背負っている感じがして素晴らしい。ジャベール警部役のミシェル・ブーケもはまり役。『暗黒街のふたり』(1973年)と同じように憎らしい役を演じている。このドラマは調度品や小物にも凝っていて、貧民の汚い部屋の描写が非常にリアル。見ているだけで、じめじめしたカビ臭さを感じるほどだ。ただ、演出に難がある。物語の山場となる6月暴動のシーンやバルジャンが絶命するシーンでスローモーションを多用しすぎ、緊張感を損なっているのだ。これではせっかくの演技が台無しである。

 リノ・ヴァンチュラは存在感も演技力も人並外れていて、貫禄もあるが、必要以上に重たい演技をしない。怒った顔はコワモテだし、凄みも迫力もあるが、しつこさやアクがない。暗い宿命を背負った男を演じても、余計に深刻ぶることなく、翳りを出しすぎることもなく、軽みを感じさせる。軽みのある演技とは、表面上はさらりとしているが、本質を掴んでいて、深い味わいがあるもの。これがリノの特性であるように私には思える。多彩な役をこなせたのは、子供の頃から様々な職に就き、社会人として多くの人たちと接してきた経験があったからだろうが、なぜ軽みのある名演技ができたのかは謎である。俳優も彼の天職だった、としか言いようがない。
(阿部十三)


【関連サイト】
Lino Ventura(IMDb)

[リノ・ヴァンチュラ 略歴]
1919年7月14日、イタリアのパルマ生まれ。子供の頃から職を転々とし、レスリング選手フレッド・オーベルランダーの勧めでレスリングを開始。「イタリアのロケット」と呼ばれるようになり、1950年には中量級のヨーロッパチャンピオンに。同年、怪我で引退。その後映画界から声がかかり、名匠ジャック・ベッケルの『現金に手を出すな』(1954年)のギャング役でデビュー。ギャング役も刑事役もこなせる俳優として重宝された。1960年に『墓場なき野郎ども』でスターの地位を確立してからは、役の幅を広げ、『冒険者たち』、『影の軍隊』、『ラムの大通り』に出演。多くのファンに支持された。1987年10月22日、心臓発作で死去。私生活では1942年に結婚。4人の子どもの父であり、知的障害がある人たちを支援する活動をしていた。