コールド・プレイ 『マイロ・ザイロト』
2025.10.26
コールド・プレイ
『マイロ・ザイロト』2011年作品

そもそもデビュー当初は正直なところ、すごくいい曲を作るバンドには違いないが、これほどビッグになるとは思ってもみなかった。なぜって、ロンドンで1997年に結成されたコールドプレイはブリットポップ後の混沌とした時期に、耳に優しいメロディとサウンドを特徴とする〈ニュー・アコースティック・ムーヴメント〉なる動きにトラヴィスやキーンなどと共に括られ、特段抜きん出ているようには感じなかったと記憶している。だがファースト『Parachutes』(2000年)は時間をかけて世界規模の大ヒット作と化し、続く『A Rush of Blood to the Head』(2002年)と『X&Y』(2005年)ではそのメロディックさを引き継ぎながら、より多くの人の想いを引き受けるようにして、徐々にアップビートでアンセミックな表現を開拓。4枚目『Viva La Vida』に至っていよいよスタジアム仕様のダイナミックな曲を揃え、ひとつの頂点を極めた感があった。
こうして最初の10年間のコールドプレイはひたすら上向きの弧を描き、どの作品も軽く1千万枚以上のセールスを記録。グラミー賞は計7回、ブリット賞の最優秀アルバム賞は3度獲得しており、商業的な意味でもクリエイティヴな意味でもこれ以上実力を証明する必要のない、揺るぎないポジションを確立していた。そんなタイミングで生まれたのが、キャリア初のコンセプト・アルバム『マイロ・ザイロト(Mylo Xyloto)』(2011年/全英チャート最高1位)だった。
奇妙なタイトルは、本作のふたりの主人公の名前。全体主義の政府が支配する惑星サイレンシアで、世界から色彩とサウンドを消し去ろうと企む独裁者=マイナス将軍が起こした戦争を背景に、敵対する立場にあったマイロとザイロトが恋に落ちるラヴ・ストーリー......と説明するのが分かりやすいのだろうか? 元を正せば、アメリカ人の映画作家マーク・オズボーン(『カンフー・パンダ』や『リトルプリンス/星の王子さまと私』などのアニメ作品で知られる)とバンドが共同で構想。アルバム・リリース後にコミック・シリーズも出版されており、男性のマイロは〈サイレンサー〉と呼ばれる兵士で、女性のザイロトは言わば反体制サイドの勢力に属する〈スパーカー〉という設定であるとか、マイロの生い立ちには秘密があるとか、かなりグラフィックで詳細に作り込んだ原作みたいなものがあったようだ。
もっとも、ここに収められた曲から聞こえるのはあくまで断片的な描写で、上記のような複雑な設定を歌詞から読み取ることはぶっちゃけ難しい。筆者が察するに、本作におけるバンドの目的はストーリーを伝えることにあるのではなく、アルバム制作の新たな実験的アプローチを模索し、イマジネーションに任せたより自由なソングライティングを行なうことにあったのではないかと思う。前半の7曲からは、何らかの形で抑圧された社会が舞台であること、それに抵抗する人々がいて闘いが起きていること、その中心に一組の男女がいることが徐々に浮かび上がり、行間をいかに埋めるかはリスナー次第。空想上の惑星の話ではなく、現実の世界に置き換えられるだけの隙間があって、14年前なら例えば、アラブの春に重ねられたのだろうか?
そして8曲目「Major Minus」はより具体的に、小説『1984』のテレスクリーンのようなシステムで、サイレンシアの住人を監視する権力者に言及。暗闇の中で光を探る「U.F.O.」、リアーナがザイロトの葛藤を代弁する「Princess of China」にかけて、アルバムはメランコリックなトーンを帯びていく。コールドプレイのアルバムにゲストが参加するのは今回が初めてで、それがリアーナだというのが、当時の彼らの立ち位置を物語っていると言えるだろう。
次の「Up In Flames(焼け落ちる)」でメランコリーはさらに深まり、何らかの敗北や挫折が示唆されるのだが、ここにきてアルバムはアップビートに反転。希望を失うなと呼び掛ける「Don't Let It Break Your Heart」を経て、フィナーレの「Up With the Birds」では、青空が広がり鳥がさえずる中で朝を迎える。ナレーターは、想像するに、闘いの中で命を落として天からザイロトを見守っているマイロだ。
そんなアルバムをコールドプレイは、3つのインタールードをストーリーの節目に配置して章立てして構成し、前作にも関わったマーカス・ドラヴス(アーケイド・ファイア、サム・フェンダー)とリック・シンプソン(ジョン・ホプキンス、カサビアン)をプロデューサーに起用してレコーディングした。今までになくエレクトロニックな音を大々的に取り入れると共に、時に満艦飾のシンフォニックな表現に傾き、時にR&Bやダンスポップに接近する曲で新境地を開拓。と同時にシンプルなアコースティック寄りの曲でファーストの頃の彼らに立ち返る場面もあり(「Us Against The World」「U.F.O.」「Up In Flames」ほか)、あらゆるスタイルを総動員してこのディストピアン・ファンタジーに命を吹き込む。しかも、全曲揃ってこそ意味を成すコンセプト・アルバムでありながら、バンドの代表曲に数えられる名シングルが揃っていることも、特筆すべき点だろう。現実に絶望したザイロトがパラダイスの夢に逃避している「Paradise」然り、バグパイプのようなギターを配した「Every Teardrop Is a Waterfall」然り、「Charlie Brown」然り、「Princess of China」然り。最終的には3曲が全英トップ10入りを果たしている(うち「Paradise」は「Viva la Vida」に続く彼らにとって2曲目のナンバーワンに)。それも結局、キャラクターの名前などの固有名詞を使ったりせず、どれもラヴや勇気や団結を巡る普遍的な曲に仕上げられているからなのだろう。
この後コールドプレイはさらに5枚のアルバムを発表しているが、本作のような、ファンタジーの域に踏み出す試みは行なっていない。やはり、上昇気流に乗って気持ちが大きくなっている時、思い切って賭けに出る余裕が生まれた時にこそ勢い任せで作るタイプの作品であって、二度とこんな奇想天外な冒険をすることはないのかもしれない。でも彼らがたっぷり隙間を残しておいてくれたゆえに、15年近く経った今の世界のあちこちで起きていることに重ねて聞かずにはいられないのである。
(新谷洋子)
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『マイロ・ザイロト』収録曲
1.Mylo Xyloto/2.Hurts Like Heaven/3.Paradise/4.Charlie Brown/5.Us Against the World/6.M.M.I.X./7.Every Teardrop Is a Waterfall/8.Major Minus/9.U.F.O./10.Princess of China/11.Up in Flames/12.A Hopeful Transmission/13.Don't Let It Break Your Heart/14.Up With the Birds
1.Mylo Xyloto/2.Hurts Like Heaven/3.Paradise/4.Charlie Brown/5.Us Against the World/6.M.M.I.X./7.Every Teardrop Is a Waterfall/8.Major Minus/9.U.F.O./10.Princess of China/11.Up in Flames/12.A Hopeful Transmission/13.Don't Let It Break Your Heart/14.Up With the Birds
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