ザ・セインツ 『エターナリー・ユアーズ』
2025.12.23
ザ・セインツ
『エターナリー・ユアーズ』(1978年作品)

故郷はオーストラリアのブリスベン、クリスとエド・クーパー(ギター)、アイヴァー・ヘイ(ドラムス)の3人は、同じ高校に通っていた1973年に出会ってバンドを結成。その後メンバーを入れ替えながら活動を続けて、キム・ブラッドショウ(ベース)を交えた4人で録音したデビュー・シングル「(I'm)Stranded」を1976年9月に発売している。これが事実上のオージー・パンク史の始まりであり(もう1組の元祖オージー・パンク・バンド=レディオ・バードマンも翌月デビューを果たしている)、史上初の英国産パンク・シングルとされるザ・ダムドの「New Rose」を1カ月先駆けた形だ。しかも彼らの場合、独自のレーベルFatal Recordsを設立して自費でアナログ盤を500枚プレスした上で、国内外のラジオ局や音楽雑誌に送ってプロモーションを行ない、当時まだ前例のないDIY形式をとったことも特筆すべき点だろう。
その甲斐あって、英国の『Sounds』誌に「今週だけでなく今後毎週ずっとシングル・オブ・ザ・ウィーク」と絶賛されてレコード会社の関心を引き、スピーディーにEMIと契約。時期的にEMIはセックス・ピストルズとの契約破棄事件の直後にザ・セインツと契約したと見られ、代わりとは言わないまでも、かなりのポテンシャルを彼らに見出していたのだろう。早速ファースト・アルバム『(I'm) Stranded』の制作に取り掛かり、翌年2月に発表するに至った。
もっとも筆者が読んだクリスのインタヴューによると、本人たちはデモのつもりで2日間でライヴ演奏で叩き出した音源がそのままアルバムになってしまったそうで、確かに音質はかなりローファイだ。しかも計10曲のうち2曲はカヴァーで、あまり納得できる作品ではなかったようだ。また、地元での活動にも限界を感じたバンドは、同作のリリースから間もなくして渡英。今度こそ満足できるアルバムを作ろうと余裕をもって曲を作り、キムに代わって英国人のアルジー・ウォード(のちにザ・ダムドやタンクで活動)を新たにベーシストに迎え、クリスとエドが自らプロダクションを手掛けてセカンド『エターナリー・ユアーズ』を完成させたのである。
1978年5月にお目見えした本作は果たして、基本的にはエドが激しくかき鳴らすギターがリードする前作のガレージ路線を踏襲していたものの、早くもパンクの枠を逸脱する一筋縄では行かないアルバムだった。そもそもオーストラリアでは英米と同時進行でパンク・ムーヴメントが起きたわけでなく、ザ・セインツはたまたま海外の同世代のアーティストと影響源(50年代の古典ロック、或いはMC5やストゥージズなどなど)を共有していたために、パンクとカテゴライズできるサウンドを鳴らしたというのが実情らしい。いたってカジュアルな外見も全くパンクぽくないし、彼らにはロック以外にも愛してやまない音楽があった。そう、スタックスやモータウンのソウル/R&Bだ。それゆえにライヴではオーティス・レディングやアレサ・フランクリンのカヴァーも披露していたザ・セインツは、華々しいブラス・セクションで彩った1曲「Know Your Product」で『Eternally Yours』をスタート。ブラスに加えてハーモニカなどもフィーチャーしたファンキーな変化球を随所に仕込んだり、かと思えばアコースティックな表現を取り入れたりもして、独自路線を歩み始めたのである。
逆に歌詞については、パンク度がアップ。軽い恋愛モノもそこかしこに含まれていた前作に対し、一気に反骨的でポリティカルなトーンが強まり、例えば、過剰な消費に警鐘を鳴らす「Know Your Product」、〈自分をリスペクトしないシステムをリスペクトする必要はない〉と宣言する「Lost and Found」、商業化されエッジを失っていくパンク・シーンに疑問を呈する「Private Affair」、同じくパンク・シーンへの違和感を映した「This Perfect Day」(全英チャートでの最高記録にあたる34位を記録)といった具合に、主体性の欠如や画一性を拒絶し、自由を讃えるアンセムが並ぶ。数少ないラヴソングのひとつ「Untitled」でふと気を緩める瞬間を設けてはいるが、ソウルフルにざらつくクリスの歌声からは嘲りと怒りが迸っているし、中でも辛辣なのが「Orstralia」と「No, Your Product」の2曲だ。前者ではタイトルが示唆する通り、当時米国に協力してベトナム戦争に多くの兵士を送っていた祖国の政策を批判。〈ここには問題もないし戦争もないし、脳みそなんか必要ないだろう?〉とうそぶく政治家、能天気に暮らす人々、双方に怒りの矛先を向ける。〈見たくないものから目を逸らして/楽しけりゃいいのか?〉と。他方の後者では、真実が語られることはなく、自由に意思を表現することもできない「警察国家」を描く。いったいどこの独裁国の話かと思えば、実はほかでもなくブリスベンだった!
そして独裁者の名前は、オーストラリア現代史を代表する悪名高き保守政治家で、1968年から約20年にわたってクイーンズランド州の知事を務めたジョー・ビエルケ・ピーターセン。彼にまつわるテキストを探すと〈権威主義〉や〈強権的〉といった言葉があちこちで目に入り、トランプ現米国大統領に比較するものも少なくない。というのも、ピーターセン知事は強権を振るって州を治め、市民の権利行使を抑制し、無数のスキャンダルに見舞われるも異論を力で封じ込め、最終的にはメディアに腐敗を暴かれて辞任に追い込まれるのだが、2000年に国葬が行なわれた時には大規模な抗議デモが行われたとか。つまりクリスたちの世代のブリスベンの若者は権力に強い不信感を抱いて育ち、ポリティカルなロックのムーヴメントを生み出す土壌が整っていたのである。実際、ザ・セインツの登場が起爆剤となって続々バンドが現れたそうだ。しかし、集会の自由が制限され、彼らのようなバンドがプレイできる場所も限られてというから、英国に移り住んだことも理解できるし、手紙の結びの言葉を模したタイトル(〈永遠の愛を込めて〉を意味する)はラヴとヘイトが入り混じった故郷へのメッセージなのかもしれない。
さて、そんな本作を経てザ・セインツは僅か半年後にさらにR&B/ソウル色を強めたサード『Prehistoric Sounds』を送り出すのだが、その後クリス以外のメンバーが脱退。以後彼はソロ活動の傍らでザ・セインツとしても様々な編成でツアーとレコーディングをマイペースに続けてきた(エドも新たなに結成したラフィング・クラウンズや自身の名義の作品で高い評価を確立した)。1980年代を最後に目立ったヒットがあったわけではないものの、オージー・パンクのパイオニアとしての彼らの功績は広く認知され、同業者のファンが多いことでも知られている。ニルヴァーナのカート・コバーン然り(「Know Your Product」をフェイバリット・ソングのひとつに挙げている)、ボブ・ゲルドフ然り(「1970年代のロック・ミュージックに変革を起こした3組のバンドがいる。それはセックス・ピストルズ、ラモーンズ、ザ・セインツだ」と発言)、ブルース・スプリングスティーン然り(2014年のアルバム『ハイ・ホープス』で80年代の彼らの代表曲「Just Like Fire Would」をカヴァー)。もちろんオーストラリア人のアーティストにとっては殊に特別な存在であり、ニック・ケイヴはクリスの死を受けて公開した追悼文の中で、「僕が思うにザ・セインツこそオーストラリアが生んだ最も偉大なバンド」と言い切った。そうまで言うなら試してみようかという人がいるのなら、まずは『(I'm) Stranded』をチェックした上で本作を聞いてもらえたら、何かしらのインパクトを刻むのではないかと思う。
(新谷洋子)
【関連サイト】
『Eternally Yours』収録曲
1.Know Your Product/2.Lost and Found/3.Memories Are Made of This/4.Private Affair/5.A Minor Aversion/6.No, Your Product/7.This Perfect Day/8.Run Down/9.Orstralia/10.New Centre of the Universe/11.Untitled/12.(I'm) Misunderstood/13.International Robots
1.Know Your Product/2.Lost and Found/3.Memories Are Made of This/4.Private Affair/5.A Minor Aversion/6.No, Your Product/7.This Perfect Day/8.Run Down/9.Orstralia/10.New Centre of the Universe/11.Untitled/12.(I'm) Misunderstood/13.International Robots
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