
ジ・オトゥールズ 『アフター・マーダー・パーク』
2025.09.27
ジ・オトゥールズ
『アフター・マーダー・パーク』1996年作品

あれから32年を経た5組の現在地を確認してみると、7年のブランクを経て2010年に活動を再開したスウェードは、登場したばかりの最新作『Antidepressants』を含めて傑作を作り続けており、パルプも冒頭で触れた新作『More』を携えて快調に新時代に突入。セイント・エティエンヌはと言えば、2025年9月に発表したアルバム『International』をもって惜しまれつつ35年の歴史に終止符を打った。
実際に商業的成功を収めてブリットポップを盛り上げたこれら3組に対し、デニムとジ・オトゥールズはカルト・バンドの域を出ることなかったのだが、エキセントリックでマイペース極まりない両バンドの名物リーダーは、今も健在だ。ネオアコ・バンドのフェルトを経てデニムを率いたのは、目下モーツァルト・エステート名義で活動するローレンス。そして、本稿で取り上げるジ・オトゥールズのフロントパーソンだったのがルーク・ヘインズである。
まあ、ジ・オトゥールズ(フランス語で〈作家〉を指す〈auteur〉に由来し、発音は〈オターズ〉に近い)をカルト・バンドと呼ぶのは失礼にあたるのかもしれない。ルークが大学時代に所属していたザ・サーヴァンツを前身とする彼ら――ルーク(ギター/ヴォーカル)、アリス・レッドマン(ベース)、ジェイムス・バンベリー(チェロ、キーボード)、バーニー・ロックフォード(1994年以降のドラムス)――は、メジャー・レーベルのヴァージン傘下のHUTに所属。デビュー当時は音楽誌にもてはやされ(『Melody Maker』誌はルークを〈UKロックの新たな救い主〉と呼んだ)、ファースト『New Wave』(1993年)はマーキュリー・ミュージック・プライズ候補に挙がったし(1票差で『Suede』に負けている)、同作が全英チャート最高35位、セカンド『Now I'm A Cowboy』(1994年)が27位と順位も上げていた。にもかかわらずその勢いを活かしてマスにアピールするサードを作るのではなく、こともあろうにスティーヴ・アルビニをプロデューサーに迎えて、逆に聴き手を遠ざけるようにして作ったのが、『After Murder Park』(1996年)だった。案の定、最高チャート・ポジションは53位に転落している。
華のあるギターサウンドに彩られたジ・オトゥールズの曲は、マーク・ボランを思わせるルークの声も相俟ってグラムロック色が濃く、まさにブリティッシュなギター・ポップと呼べる類。それゆえにしばしばスウェードと並べて語られたりしたものだ。と同時に、チェロ奏者をメンバーに擁するなど他と一線を画す点も多く、彼は自分たちがブリットポップに括られることを嫌い、徐々にシーンと距離を置き始める。まずテクノ・アーティストのμ-Ziq(ミュージック)ことマイク・パラディナスと組んでリミックス集『The Auteurs Vs. μ-Ziq』を制作。そしてさらなる変化球となる本作に着手し、当時ニルヴァーナの『In Utero』(1993年)を手掛けて脚光を浴びていたスティーヴに白羽の矢を立て、アビー・ロード・スタジオに呼び寄せるのだ。
〈プロデューサー〉という言葉を嫌い、オーバーダブ無しのアナログ形式でのライヴ録音を好むスティーヴとジ・オトゥールズは、僅か14日間で『After Murder Park』を完成。だが単純に音を削ぎ落したという話ではなく、本作での彼らはバイオリンやビオラを編成に加え、ジェイムスが弾くハモンドにハーモニウムをプラスし、逆に構成要素を増やした。そしてグラムロックのシアトリカリティはそのままに、かつメロディックさを犠牲にすることなく、ノイジーで刺々しいサウンドに落とし込んだのである。ルークはジ・オトゥールズについて「不快で悪意に満ちていて辛辣」なバンドを目指したと言っているくらいなので、ここにきてその目標をクリアし、ブリットポップと決別したともいえるのかもしれない。
また、「不快で悪意に満ちていて辛辣」とは言わないまでも、非常に厭世的な歌詞を綴ることで知られていたルーク。本作に至ってその筆致は不穏さを増しており、イメージの断片を並べる形をとっているがゆえに具体的な状況は明かされないものの、陰謀や戦争、憎悪や死など破壊的・破滅的な含みに溢れている。例えば幾つかの収録曲をインスパイアしたのは、幼い頃に彼の地元(イングランド南東部のサリー州)で起きたという、子どもが犠牲になった殺人事件。中でも「Unsolved Child Murder」はビートレスクな牧歌的な曲でありながら、英国産の推理モノに多い、ダークで救いのないTVドラマを観ている気分にさせる。
アルバムがこのようなトーンを帯びた理由として、前作に伴うツアー中に起きたひとつの事件が挙げられている。スペインのサンセバスチャンに滞在していた時、ルークは酔っ払って高い城壁から落ち、両足のくるぶしを骨折。車いす生活を余儀なくされた彼は、家に独りで閉じこもって悶々としながらソングライティングを行なっていたのだという。さもありなんというか、そう聞くと、「The Child Brides」でジェントルなメロディに乗せて児童結婚の悲劇的な顛末を仄めかしていたり、「Married to a Lazy Lover」の主人公がDVに苦しめられる女性だったり、「Land Lovers」に〈米軍の爆撃機の標的〉や〈頭に弾丸を打ち込む〉といったきな臭い言葉が散りばめられているのも、納得できなくはない。当時のロンドンの音楽シーンを揶揄する「Tombstone」にいたっては悪名高きコロンビア・ホテルに言及し、〈バーダー・マインホフに倣って爆破してやる〉と宣言する。コロンビア・ホテルとはオアシスがシングル曲「Columbia」でオマージュを捧げた、海外ミュージシャンたちのロンドンでの常宿であり、地元アーティストたちと夜な夜なパーティーをしていた場所だ。
そしてバーダー・マインホフのほうはご存知、一般的にはドイツ赤軍として知られるが、なにもランダムに彼らが登場するわけじゃない。当時ルークは、1970〜80年代に数々のテロ事件を起こしたこの西ドイツの極左組織の歴史を辿るアルバムをレコーディングしていたのである。そう、ずばりバーダー・マインホフ名義で1996年に発表した『Baader Meinhof』こそ、ルークのソロ・キャリアの始まりだった。1999年発表の4作目『How I Learned to Love the Bootboys』でジ・オトゥールズに終止符を打った彼は、続いて女性シンガーのサラ・ニクシーと組んで、よりポップなバンド=ブラック・ボックス・レコーダーを結成。10年ほど活動するのだが、並行して『Baader Meinhof』の延長にある奇想天外なコンセプト・アルバムを作り続け、今やその数はコラボ作品も合わせると20枚近くになる。
さらに執筆活動にも取り組んだルークは、処女作として『Bad Vibes: Britpop And My Part In Its Downfall』を2009年に出版。看板通りに1990年代にフォーカスした回顧録とあって、他のミュージシャンたちについてかなりの量の毒を吐いているらしく、キラキラした時代にひたすらバッド・バイブスを発散していた彼らしいタイトルだと言えよう。筆者が記憶している限りでは、スウェードとパルプとブラーとオアシスだけじゃなくこういう異端児もいたからこそ、あの頃の英国はエキサイティングだったのである。
(新谷洋子)
『アフター・マーダー・パーク』収録曲
01. Light Aircraft on Fire/02. Child Brides/03. Land Lovers/04. New Brat in Town/05. Everything You Say Will Destroy You/06. Unsolved Child Murder/07. Married to a Lazy Lovers/08. Buddha/09. Tombstone/10. Fear of Flying/11. Dead Sea Navigators/12. After Murder Park
01. Light Aircraft on Fire/02. Child Brides/03. Land Lovers/04. New Brat in Town/05. Everything You Say Will Destroy You/06. Unsolved Child Murder/07. Married to a Lazy Lovers/08. Buddha/09. Tombstone/10. Fear of Flying/11. Dead Sea Navigators/12. After Murder Park
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