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聖女のような魔性の女 〜ナスターシャ・キンスキーについて〜

2011.03.09
NASTASSJA KINSKI PHOTO
 彼女を本気で好きになってしまったら、きっとただではすまない。いや、間違いなく不幸になる。それでも多分男たちは喜んで己の人生を捧げるだろう。ナスターシャのためならば。
 聖女のように清らかな美貌、エキゾチックなムード、野性的な目つき、そして官能的な唇と男を狂わせる肢体――ナスターシャ・キンスキーは男の夢である。と同時に、男を自滅の快楽へと誘い込む危険な天使でもある。
 作家の島田雅彦もナスターシャをテーマにしたエッセイで、こんなことを書いていた。20年くらい前に出た『女優ベスト150 我が青春のアイドル』という本からの引用である。
「男は女の野生に滅ぼされることを密かに願っているに違いない。オレを殺してくれ、オレと世界の果てまで行ってくれ、というわけだ。ひとたび野生の女に愛を誓ってしまったら、死以外に物語を終わらせる術はない」

 絶頂期は1970年代後半から1980年代前半。その美しさは、じっと見ていると我を忘れてしまうほどだ。しかも女優として豊かな天分に恵まれており、処女の役でも魔性の女の役でも素であるかのようにこなす。父親が邪悪なオーラをまとった怪優、クラウス・キンスキーというのも思えば妙な因縁である。これで顔が全然似ていなければ「似ても似つかぬ」と言えるのだが、その顔は父娘以外のなにものでもないことを示している。聖俗紙一重といったところか。

KINSKI COSI COME SEI
 代表作はロマン・ポランスキー監督の『テス』。美しく、しかし貧しく生まれたがゆえに波乱の運命を辿る女、テスの半生を描いた傑作である。1カット1カットの映像が絵画のように美しく、詩的なふくらみをたたえている。役者陣の演技も自然で完璧。まさに文学や絵画に匹敵する映画と言える。

 17歳のナタキンが出演した『今のままでいて』も一度は見ておくべき作品。妻子ある建築家、しかも実の父親かもしれない中年男との恋を描いている。ラストの切なさには胸が締めつけられる。とはいえ、大抵の男はストーリーなどそっちのけで、濃厚なラブシーンを演じるマルチェロ・マストロヤンニのことを羨ましいと思うに違いない。ちなみに、監督はかつて『芽ばえ』でジャクリーヌ・ササールをブレークさせたアルベルト・ラットゥアーダ。カトリーヌ・スパークの『17歳よさようなら』なんかも撮った人である。

 『キャット・ピープル』は、人間と愛し合うと豹に変身してしまう宿命を背負った猫族の女の物語。評論家の間では駄作の烙印を押されたが、私はこれを駄作と決めつけている人の見識を疑う。ナタキンの聖性と魔性の両方が引き出された、強い磁力を持つ映画だと思う。

 『溝の中の月』は、ナタキンのムードに合った耽美的作品。何者かに強姦され自殺した妹の仇を討つべく犯人を追う兄。そんなある日、裕福な令嬢と出会い、強く惹かれるが......という話。ジャン=ジャック・ベネックスの作り出す人工的な映像美は技巧に偏りすぎているが、「ナタキン鑑賞教材」としては申し分ない。
(阿部十三)


【引用文献】
島田雅彦「ナスターシャとともに、何度でも死に、何度でも生きよ!」
(『女優ベスト150 我が青春のアイドル』文春文庫 1990年)
[ナスターシャ・キンスキー略歴]
1961年1月24日ベルリン生まれ。父はクラウス・キンスキー、母はブリギッテ・ルース・トツキ。1960年に結婚したとき、ブリギッテは15歳だった。ナスターシャの名前の由来はドストエフスキーの『白痴』。両親が離婚後、ローマ、ミュンヘン、カラカスなどを転々。1974年にヴィム・ヴェンダース監督の『まわり道』に出演。15歳の時にロマン・ポランスキー監督と出会い、そのすすめで渡米。アクターズ・スタジオで学び、1978年に名優マルチェロ・マストロヤンニ主演の『今のままでいて』で本格デビュー。大胆なヌードが話題に。さらにポランスキー監督の『テス』で評価を高める。その後、『キャット・ピープル』(ポール・シュレイダー)、『ワン・フロム・ザ・ハート』(フランシス・フォード・コッポラ)、『溝の中の月』(ジャン=ジャック・ベネックス)などに出演。1984年に長男アリョーシャを出産。父親はエジプト出身の映画製作者イブラヒム・ムッサ。同年9月結婚。1986年に長女ソーニャ出産。1992年離婚。音楽家クインシー・ジョーンズと同棲するが1997年頃に別れる。