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芦川いづみ 〜清純可憐な存在感〜

2013.08.15
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 1956年に製作された日活のミュージカル映画『お転婆三人姉妹 踊る太陽』で、芦川いづみは三姉妹の次女・夏子に扮している。その夏子が、寝る前に神様にお願いをするシーンがある。
「神様、夏子に絶世の美貌を与えたまえ。エリザベス・テイラーのような瞳とグレイス・ケリーのような鼻とキム・ノヴァクのような唇、そしてジェームズ・ディーンのような恋人を」
 実際の芦川いづみがそういう顔じゃなくて良かったと思うのは私だけではないだろう。清純可憐という言葉がいかにも似合う彼女の容姿と声は、日本映画黄金期に生まれた一つの奇跡である。同時に、そんな仰々しいことを声高に口にするのが憚られるほど楚々としたたたずまいを持ち、「自分だけが知っていればいい女優」と思いたくなるようなアイドル性に包まれている。だから、ファンが芦川いづみについて語る時は、どうしても熱が入ってしまう。必ずしも主演作に恵まれていたとはいいがたいところも、ファン心を熱くさせる要因の一つになっているのかもしれない。

 ただし、先に挙げた井上梅次監督の『お転婆三人姉妹 踊る太陽』は主演作品である。ペギー葉山、浅丘ルリ子も目立っているし、轟夕起子、フランキー堺、石原裕次郎、岡田眞澄、津川雅彦、月丘夢路、新珠三千代、北原三枝、南田洋子なんかも出演している豪華オールスター映画だが、軸になっているのは芦川いづみである。そこがまたなんとなく誇らしかったりする。おそらく大半の男性は、三姉妹を紹介するシーンでの、林檎をかじりながらバレエのステップを踏む彼女のキュートさに呆気なくノックアウトされるであろう。

 芦川いづみは1935年生まれ。松竹音楽舞踊学校の出身で、18歳の時、川島雄三監督に認められて『東京マダムと大阪夫人』で映画デビューした。愛称はおムギ。有馬稲子に似ていて、妹のようだということで、「麦」になったらしい。主演作品にこだわらずに代表作を挙げるなら、『風船』、『死の十字路』、『東京の人』、『しあわせはどこに』、『洲崎パラダイス 赤信号』、『乳母車』、『お転婆三人姉妹 踊る太陽』、『幕末太陽傳』、『陽のあたる坂道』、『風のある道』、『霧笛が俺を呼んでいる』、『喧嘩太郎』、『あいつと私』、『堂堂たる人生』、『青い山脈』、『青春を返せ』、『美しい暦』、『結婚相談』。あと、私は未だ観る機会を得ずにいるが、『祈るひと』と『いのちの朝』を推す声もある。......と、まあ、キリがない。とりあえず有名な『洲崎パラダイス 赤信号』、『乳母車』あたりを観れば、彼女の魅力は十分伝わると思う。

 1968年に藤竜也と結婚して引退。以後、40年近く公の場に姿を見せなかったところをみても、内に秘めた芯の強さを感じずにはいられない。余談だが、「可憐な邦画女優」といわれて私が即座に連想するのは、桂木洋子、芦川いづみ、野添ひとみである。いずれも松竹歌劇団関係であるだけでなく、結婚後に引退した点も共通している。

 私が芦川いづみのことを知ったのは、井上梅次監督の『死の十字路』からである。この映画では、ただでさえ美人の新珠三千代の美人ぶりが異様に際立っているが、それに比例して、共演者の芦川いづみの清純可憐さも増している。そして、「こんな娘と一緒になれば心穏やかに暮らせそうだ」という夢を持たせる存在として、新珠と鮮やかな対照をなしている。同じことは、ほかの作品にもいえるだろう。どんな美女が相手でも、芦川いづみのオーラは濁らないのである。

 2007年に行われた日活同窓会に芦川いづみが出席した時、私は「新珠三千代や芦川いづみをフィーチャーした超豪華なDVD-BOXを出してほしい」と己の趣味丸出しで日活の人に提案したものだが、結局実現には至らなかった。その後、私が映画関連の仕事を離れてから、芦川いづみの方は『DVDセレクション』という形でソフト化された。収録作品は『誘惑』、『あした晴れるか』、『硝子のジョニー 野獣のように見えて』の3タイトル。ーー自分だけが知っていればいい女優とはいいながらも、やはり第2弾、第3弾のソフト化を待ちたいところである。


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芦川いづみ
[芦川いづみ略歴]
1935年10月6日、東京生まれ。松竹音楽舞踊学校に入学。ファッションショーに出演した際に川島雄三監督に認められ、映画界入り。川島雄三監督、田坂具隆監督作品などで女優として力をつけ、人気を得た。1968年に藤竜也と結婚し、引退。