映画 MOVIE

『サンライズ』 〜1927年に生まれた第七芸術〜

2011.03.31
 真面目で妻思いだったはずの農夫が、都会からやってきた女に誘惑され、堕落する。彼は愛人にそそのかされ、妻をボートで連れ出して殺そうとするが、土壇場で思いとどまる。一方、純真な妻は、夫が自分を殺そうとしたことにショックを受け、泣きぬれる。やがて夫は激しい後悔の念に苛まれて改心し、妻も夫を許す。愛の涙の中で仲直りする夫婦。そこへ新たな災いがふりかかるーー。

sunrise-main1
 平凡な夫婦の再生を描いた他愛もないストーリーなのに、映画の作りもシンプルなのに、サイレントなのに、どこまでも格調高く感動的な作品である。初めてこれを観た人は、その面白さ、緊迫感、完成度の高さに衝撃を覚えるはずだ。何しろこれは1920年代に撮られたものなのだから。そんな昔に映像表現の理想に到達していたなんて俄には信じがたい。だが事実、この監督はそういう作品を作っていた。F・W・ムルナウ。彼は1888年にドイツで生まれ、1927年に渡米、1931年に『タブウ』を完成した直後、事故で亡くなった。
 イタリアのリッチョット・カニュードが大衆娯楽として蔑まれていた映画を「第七芸術」と呼んだのが1911年(ほかの6つは音楽、詩、舞踊、建築、彫刻、絵)。その不安定な地位は、天才的なアイディアと表現力を持つドイツ映画界の監督たちの手によって、1920年代にかなり安定したものになった。ムルナウはその貢献者として筆頭に挙げるべき存在である。

 『サンライズ』はムルナウがハリウッドに招かれて撮った第1作目にあたる。このタイトルには〈陽が昇り、また沈む場所であるなら、時を問わず、場所を定める必要もない〉という意味が込められている。簡単に言えば、どこにでもあり得る話。しかし、ここに出てくる農夫の妻のような女性はそうそういない。妻役を演じているのは、第1回目のオスカー受賞者として映画史に名を残すジャネット・ゲイナー。可憐さ、純真さ、所帯じみた雰囲気を併せ持ったそのたたずまいが素晴らしい。目が大きく、日本人好みの親しみやすい顔をした魅力的な女優である。

 モノクロに慣れていない人も、サイレントに慣れてない人も、「映像表現」というものに関心を持っている人なら、『サンライズ』を必ず観ておくべきである。絵画や文学や音楽などと同様、「真の傑作に年齢はない」は80年以上前の映画にもあてはまるということをこの映画は証明している。これを観てムルナウの名前が気になった人は、ボラボラ島を舞台にした遺作『タブウ』を見てもらいたい。より強い衝撃が待っているはずだ。

 なお、これは余談だが、映画を第七芸術ではなく、第八芸術と呼ぶ人もいた。先の6つに演劇を加えて、映画を8番目としたのである。この呼び名をもとに、日本の松竹の俳優たちが「8クラブ」なる研究会を結成していた。メンバーは佐分利信、上原謙、佐野周二、徳大寺伸、近衛敏明、夏川大二郎の6人である。どうせならあと2人加えて8人にすればよかったのに、と思う。
(阿部十三)