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エレノア・パーカー 〜難所に咲く高嶺の花〜

2017.11.27
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 エレノア・パーカー主演の『女囚の掟』(1950年)の原題は『Caged』。日本では未公開だったが、現在はDVD化されている。タイトル通り、檻の中の話だ。強盗の共犯で刑に服したマリー(エレノア・パーカー)は、刑務所内の慣習や上下関係の洗礼を受けるが、その過程で、看守ハーパー(ホープ・エマーソン)の暴虐ぶり、囚人間の覇権争い、自殺や殺人などが描かれる。やがて精神的に追い詰められたマリーは、真っ当なやり方では仮釈放が認可されないと見るや、裏社会と取引することで仮釈放される。刑務所から出たマリーはおそらくギャングの情婦になり、また犯罪に手を染めるだろう。腹を括った彼女にはもう服役当初の小鹿のような面影はない。すっかり悪女の顔である。

 大まかに言えば、刑務所内の過酷な環境を描きながら、更生の可能性の低さを伝える内容で、各人物の性格描写は深みに欠けるが、女優陣の名演・怪演には一見の価値がある。環境に適応できずおろおろしている気弱そうな娘と、そんな彼女のことを恐怖で威圧する看守(外見も怖い)の関係性は、ヒッチコックの『レベッカ』におけるジョーン・フォンテーンとジュディス・アンダーソンみたいなもの、と言えるかもしれない。

 エレノア・パーカーは高嶺の花という表現がぴったりの超美人女優である。ハリウッド屈指の美女と言ってもいいのではないか。しかしながら、本人はマスコット的なヒロインのポジションに収まる気はさらさらなかったようで、確かな演技力を武器に、ひと癖ある難役を演じていた。『女囚の掟』のマリー役もその一つ。これはもともと大女優ベティ・デイヴィスが演じる予定だったが、デイヴィスが辞退したため、エレノアが代役を務めた。その演技力が認められ、ヴェネチア国際映画祭で女優賞を獲得した後、彼女は『ヴァレンチノ』(1951年)、『探偵物語』(1951年)、『ブラボー砦の脱出』(1953年)、『黒い絨毯』(1954年)、『黄金の腕』(1955年)、『わが愛は終りなし』(1955年)に出演することになる。

 ウィリアム・ワイラー監督の『探偵物語』で演じたのは、犯罪者に対して容赦のないマクラウド刑事(カーク・ダグラス)の妻メアリー役。二人は美男美女のおしどり夫婦として我々の前に登場するが、メアリーはマクラウドと出会う前、既婚者と恋仲になって妊娠し、堕胎医の世話になったことがある。そのことをマクラウドは知らずにいたが、あることをきっかけに知ってしまい、夫婦関係が破綻する。

 ジョン・スタージェス監督の『ブラボー砦の脱出』は、南北戦争時を描いた映画。エレノアは、北軍に捕らわれた南軍の恋人を救いに行くカーラ役を演じた。カーラは素性を隠して北軍の大尉(ウィリアム・ホールデン)を誘惑するが、大尉のことを本気で好きになってしまう。しかし、このままではいけないとばかりに恋心を振り切るようにして、南軍の恋人と共に逃げる。当然、騙されたと思った大尉は怒りに震え、カーラたちを追いかける。そんな愛憎が入り乱れた状態で、メスカレロ族の襲撃に遭う。心理的にも肉体的にもなかなかハードな展開だ。

 『黒い絨毯』は、人喰い蟻との戦いを描いたパニック映画である。時は1901年、ジョアンナ(エレノア・パーカー)は、南米で大農園を経営する堅物男クリストファー(チャールトン・ヘストン)のことをよく知らないまま、代理結婚を済ませ、ニューオリンズからやって来る。ジョアンナにとっては再婚である。一方、女を知らないクリストファーは、相手の過去にこだわり、妻として受け入れることができない。ジョアンナはそんな状態に疲れてしまい、よそよそしい関係のまま、別れることに決める。そんな二人の距離を決定的に縮めるきっかけの一つとなるのが、ジョアンナがクリストファーに虫除けの薬を塗ってもらうシーン。これは当時としてはなかなか官能的な描写となっている。この時の艶っぽい表情と仕草は、忘れられない。「パニック映画じゃないの?」と突っ込まれそうだが、蟻の大群との戦いが描かれるのは全体の三分の一程度。どちらかといえば、ひねりのきいたロマンスの成り行きがストーリーの軸となっている。

 オットー・プレミンジャー監督の『黄金の腕』は麻薬中毒者を描いた問題作。フランキー(フランク・シナトラ)はもともと賭博場のディーラーで、麻薬に溺れた過去を持つ。そこから立ち直った今、新たな道へと進もうとするが、色々あってまた麻薬に手を出してしまう。フランキーの妻ゾシュ(エレノア・パーカー)は、夫のせいで交通事故に遭い、車椅子生活を送っているが、実はすでに歩ける状態になっている。情緒不安定なゾシュは、フランキーを束縛するために、そのことを隠している。

 これらの代表作で演じた役柄は、いわゆる王道のヒロインとはひと味違う。『黄金の腕』の場合、主人公の理解者で、彼と良い雰囲気になるロマンティック・ヒロインを務めているのは、キム・ノヴァクの方だ。しかし、観客の目に焼きつき、強い印象を残すのは、エレノアである。彼女が演じた役はどれも難しく、繊細な心理描写を要する。それを抜群の演技力をもってクリアし、指の先まで生命を吹き込む。私は彼女のことを、難役で輝く、否、難所に咲き誇る高嶺の花と呼びたい。

 ひと癖ある役が多い中、オペラ歌手マージョリー・ローレンスの自伝を映画化した『わが愛は終りなし』は、王道のヒロインを演じた傑作と言える。オペラの上演シーンが多く、ワーグナー、ビゼー、プッチーニ等の音楽と、ウラヴィミール・ロージングが手がけた舞台と、エレノアの美しい舞台姿を楽しめるし、歌唱シーンもよく出来ているので、観ている方も素直に入り込める。実際に歌っているのはアイリーン・ファレルだが、たとえリップシンクとはいえ、オペラ歌手の役でこれだけ巧みに見せるのは容易ではない。

 愛する医者(グレン・フォード)と結婚した後、『トリスタンとイゾルデ』の稽古中に倒れてからは、闘病シーンが続く。演技派としてはここが見せ場だ。下半身不随になったマージョリーは絶望、苦悩、焦燥を味わい、自殺を図ろうとする。ヒリヒリする場面だが、演技も演出もしつこくはない。そこから困難を克服し、軍の病院を慰問して「虹の彼方に」を歌う場面で、光明が射す。その際、入院患者たちを見ながら、歌詞のニュアンスを伝えるように歌う表情が素晴らしい。このように役に没入しているエレノアに比べると、相手役のグレン・フォードの存在はかなり薄味に感じられるが、お涙頂戴の臭い芝居をしていないところは良い(主役でもないのに、彼の名前がトップにクレジットされているのには違和感を覚えるけど)。

 エレノアはその後も役の幅を広げ、『リジー』(1957年)では少女時代のトラウマが原因で三つの人格を持ち、自分をコントロール出来なくなっている女性を熱演した。心理学の知識がある人なら、「そんなにうまく解決しないだろう」と言いたくなるだろうが、三つの人格の演じ分けはさすがにうまい。『女囚の掟』のマリーがみせた前半の「おどおどした女」と終盤の「けばけばしい悪女」という人物像に、バランスのとれた人格をプラスしたような役である。ただ、多重人格を扱った映画としては、5か月後に公開された『イヴの三つの顔』の方に話題が集中してしまい、割を食った感がある。

 2013年に91歳で亡くなった時は、代表作に『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)と書かれている記事をよく見かけた。これは40歳を過ぎてからの出演作で、しかも恋仇役。主演は、周知の通り、ジュリー・アンドリュース。この作品を「エレノア・パーカーの代表作」と言われても困る、と思ったのは私だけではないだろう。今後はせめて『黄金の腕』や『わが愛は終りなし』あたりを挙げてほしいものである。
(阿部十三)


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[エレノア・パーカー略歴]
1922年6月26日、アメリカのオハイオ州生まれ。地方劇団での演技経験を経て、名門パサディナ・プレイハウスで演技を学び、1942年に映画デビュー。1945年の『Pride of the Marines』で注目され、主役級になる。その後、結婚と出産のためしばらくの間休み、1950年に復帰。『女囚の掟』でヴェネチア国際映画祭女優賞を獲得し、さらに『探偵物語』『黄金の腕』『わが愛は終りなし』などの傑作に出演、実力と美貌を兼ね備えた名女優として重宝された。後年はテレビ・ドラマに多く出演していたが、2013年12月9日に91歳で死去。4回結婚しており、子供は4人いる。