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君の名は 〜東京大空襲の夜、2人は出会った〜

2011.07.01
 昭和20年5月24日、東京大空襲の夜に出会った男と女。2人は名を告げることなく、数寄屋橋の上で半年後に会うことを約束する。それが長く険しい悲恋の道の始まりとも知らずに......。
 やがて戦争が終わり、約束の11月24日を迎えた。橋の上では男が女を待っている。同じ頃、女は佐渡で不本意な結婚を迫られていた。ようやく2人が会えたのは、さらに1年が経ってからのこと。男は春樹、女は眞知子と名乗りあう。しかし、女は明日には人の妻となる身であった。

 NHKラジオ連続放送劇『君の名は』は、「放送時間は女湯がカラになる」と言われるほどヒットしたメロドラマ。作者は菊田一夫である。これを松竹が空前のスケールで映画化、驚異的な観客動員数を記録した。映画は3部に分かれており、第1部は1953年9月、第2部は1953年12月、第3部は1954年4月に公開された。

 メロドラマの定番である「すれ違い」のプロットは戦前の松竹映画『愛染かつら』(原作は川口松太郎)でも効果的に駆使されていたが、『君の名は』では東京、佐渡、鳥羽、北海道、長崎といった具合に舞台が広範囲にわたり、すれ違いにすれ違いを重ね、波乱に次ぐ波乱の展開が用意されている。おまけに氏家眞知子役に岸惠子、後宮春樹役に佐田啓二という、当時としてはこれ以上望みようのない理想的なキャスティングが実現。これでヒットしないわけがない。

 主演2人の周囲に配されたキャストも凄い。淡島千景、月丘夢路、淡路恵子、野添ひとみ、北原三枝、小林トシ子、市川春代、三橋達也、笠智衆、柳永二郎......日本映画黄金期を象徴する豪華な顔ぶれである。
 私は10年ほど前に一度観たきりだが、キャストの中で最も印象に残っているのは、佐田啓二でも岸惠子でもない。北海道へやってきた春樹を愛するアイヌの娘ユミに扮した北原三枝と、眞知子をいびる姑役の市川春代である。この2人のややいびつな存在感があることで、ドラマが引き締まっている。

 超大作である上にモノクロなので、観るのを躊躇している人も多いだろう。しかし、いったん観始めたらストーリーの面白さとキャストの魅力に牽引され、6時間強があれよあれよという間に過ぎてしまう。監督は大庭秀雄。「大船調」の大庭演出は、好き嫌いの分かれるところだが、これだけの長編を手堅く撮り上げた手腕は評価に値する。

 この映画が話題にのぼるとき、必ず言及されるのが「眞知子巻き」。岸惠子のストールの巻き方である。これは当時の女性の間で大流行したという。以来、『君の名は』といえば「眞知子巻き」を流行らせた作品、ということになっているが、肝心の「眞知子」というキャラクターに感情移入していた人はどれくらいいたのだろう。少なくとも21世紀の今、メソメソしながら周囲を不幸にしてゆく眞知子のようなヒロインを目の当たりにした女性は、反感を抱くのではないだろうか。男性である私ですら好感が持てない。しかし、たった一人のか弱い女によって、男たちのみならず女たちの運命までもおかしくなってゆく図式は、見方を変えれば人生の皮肉と滑稽さを描いているように見えなくもない。

 音楽面では、古関裕而が全面的にサポートしている。古関の名を知らない人もいると思うので簡単に説明しておくと、1909年生まれの作曲家で、リムスキー=コルサコフの孫弟子にあたる人。クラシックからポピュラーまで手がけた才人である。野球ファンの間では、阪神タイガースの応援歌や読売ジャイアンツの応援歌、また、「栄冠は君に輝く」の作曲者として知られている。「モスラの歌」も古関作品。この『君の名は』にも、タイトル曲をはじめ不朽の名曲がずらりと揃っている。

 参考までに、NHKラジオ連続放送劇で名文句「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」のナレーションを担当していたのは若き日の来宮良子である。誰もが知る「声」を持つ声優でありナレーターでもある彼女の活躍は、すでにここから始まっていたのだ。
(阿部十三)


【関連サイト】
松竹株式会社
『君の名は』(DVD)