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ジョン・ギールグッド 〜絹にくるまれた銀のトランペット〜

2013.02.02
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 イギリス演劇史に名を残す名優、ジョン・ギールグッドが録音した『ハムレット』のレコードがある。何種類かあるようだが、私が持っているのは1957年に吹き込まれたもの。当時、ギールグッドは53歳。さすがに若々しさはないが、その音楽的な声(「絹にくるまれた銀のトランペット」と称えられた)を聞いていると、自然と『ハムレット』の世界に誘われる。ほかの俳優には模倣できない深みと柔らかさと美しさがあり、もう一度聞きたい、と思わせる声だ。研究社から出ている『シェイクスピア辞典』にも、「シェイクスピア劇の韻文を語ることにかけては20世紀最高の名優とされる」とあるが、それも納得の特別な声、特殊な能力である。

 ギールグッドの母方の祖母は女優のケイト・テリー。エレン・テリーの姉である。エレン・テリーといえば、イギリス演劇界で不動の名声を確立していた「超」が付くほどの大女優。ギールグッドは「テリー家の最後の人」といわれていたが、それくらい重みのある名前なのである。
 ウェストミンスター・スクール、レディ・ベンソンズ・スクール、RADAで学んだギールグッドは、17歳の時に『ヘンリー5世』の伝令役で初舞台を踏む。その際、「もし25歳までに大成しなかったら俳優をやめる」と家族に宣言した、というエピソードが残されている。そして25歳で大成し、オールド・ヴィク座の看板役者に。多彩な役柄をこなし、批評家から高い評価を得た。1935年にはローレンス・オリヴィエを招き、『ロミオとジュリエット』を演出。オリヴィエと交互にロミオとマーキューシオを演じた(これがオリヴィエにとって、大きなステップアップにつながったことはいうまでもない)。1936年にはブロードウェイで『ハムレット』を演じ、ロングラン記録を樹立。ナイトの称号を得たのはオリヴィエよりも遅く、1953年のこと。以後、舞台で活躍するかたわら、多数の映画に出演した。

 主演映画では、アルフレッド・ヒッチコック監督の『間諜最後の日』が有名である。内容はサマセット・モームの原作『アシェンデン』をかなりアレンジしたもの。というか、別物である。
 ストーリーはともかく、これはブロードウェイで大成功を収める前(映画公開は1936年5月、『ハムレット』のブロードウェイ初日は同年10月)の若きギールグッドのエロキューションを知る資料として(あとマデリーン・キャロルの美しさを堪能する映像として)、貴重である。ローレンス・オリヴィエの『ハムレット』を初めて観た時も、その語り口に魅了されたものだが、ギールグッドの口からこぼれる英語の印象的なことといったら、それ以上である。
 ギールグッドの演技自体は、映画から浮いている。相手役のマデリーン・キャロルとの呼吸もあまり合っていない。彼女はギールグッドに合わせようとしているのに、ギールグッドがスキルを誇示して突き放しているようにも感じられる。2人のラヴシーンもよそよそしいというか、恋人らしさが微塵も感じられない。ランゲンタル教会のシーンやケイパー殺害時のカットバックなど見るべき箇所もあるにはあるが、ヒッチコック基準でいうと凡作である。

 ジョゼフ・L・マンキーウィッツ監督の『ジュリアス・シーザー』では、カシアス役を演じている。これはギールグッドの代表作。アントニー役のマーロン・ブランドが小さな存在に見えてしまうほど存在感を発揮している(撮影中、ブランドはギールグッドから演技を教わっていた)。就中、シーザー打倒に燃えるカシアスの台詞〈For we will shake him, or worse days endure.〉にみなぎる凄みは、一度聞いたら忘れられない。いちおうマーロン・ブランド主演作ということになってはいるものの、実質的にはジェームズ・メイスンとジョン・ギールグッドのW主演作といっても、あながちいいすぎではないだろう。

 後期の出演作品では、アラン・レネ監督の『プロビデンス』、アカデミー助演男優賞を受賞した『ミスター・アーサー』、ハイビジョンを駆使したピーター・グリーナウェイ監督の『プロスペローの本』、ケネス・ブラナーが監督したショート・フィルム『スワン・ソング』が代表作。中でも、老作家クライブ・ランガム役を演じた『プロビデンス』は、負の感情をむきだしにするギールグッドのリアルな演技にハラハラさせられる。「キスもせずに、体にも触れずに、去りなさい」ーー創作のために、家族からの愛情や理解の遮断を選ぶ老作家の潔癖ぶり。その難しい性格を、アラン・レネが作り出すいびつな空間の中で、ギールグッドが実存的に体現している。
 出番は少ないが、サイモン・ラングトンが監督したサスペンス映画『影の軍隊』(ジャン=ピエール・メルヴィル監督作の方ではない)も秀作。ここでは恩給でぬくぬく暮らしながら国を売るチャップル卿を演じている。見せ場は終盤、主演のマイケル・ケインと対峙するシーンである。抑制の利いた演技だが、その静かに大きく放たれるオーラは隠しようもない。

 ローレンス・オリヴィエの自伝等を読むと、そこにギールグッドに対するライバル心が見え隠れしていることに驚かされる。老いてもなお、そういう感情が燃えていたのである。青年期から死ぬまで、ライバルが同時代の平行線上に存在するというのは、創造的な仕事をしていく上で、非常に大きな刺激となる。2人の演技の性質は異なっていたし(強いていえば、オリヴィエの演技は外向的、ギールグッドは内向的)、性格も異なっていた。馴れ合う関係ではなかった。そのことが、結果的に、イギリス演劇界を盛り上げる原動力にもなっていたのである。

 鬼才ピーター・ブルックは、ギールグッドのことを「ユニークで、果てしなく創意に富む男」とした上で、このように評している。
「彼には自分が求めているものがなんだかわかっていないという陰口もよく聞かれたが、そんなことはまったくなかった。私は、彼にとても親近感を覚え、彼が落ちつかずに躊躇する気持ちが手にとるようによくわかった。というのも、彼には『質(クオリティー)』を感じとる直感があり、それを唯一の頼りとしていたからである」

 演出家としても天才肌だったギールグッドは、既述した『ロミオとジュリエット』のほかにも、多くの舞台を成功へと導いた。1964年にはリチャード・バートン主演の稽古着版『ハムレット』で話題をさらっている。これは今鑑賞しても新鮮で、いろいろ考えさせられる『ハムレット』である。また、シェイクスピアのみならず、オスカー・ワイルドの劇でも好評を博し(『真面目が肝心』は録音で聞くことが出来る)、さらにクリストファー・フライやハロルド・ピンターの現代劇の紹介にも熱心に取り組んでいた。ギールグッドのおかげで日の目を見た作品は少なくない。
 朗読の録音は沢山ある。クラシック音楽の分野でも、ラヴェルの『夜のガスパール』の録音がある。ピアノを演奏しているのはジーナ・バッカウアー。ギールグッドが朗読しているのは原詩の英訳(訳したのはクリストファー・フライ)だが、訳であることのハンデを感じさせない。正味3分半、「絹にくるまれた銀のトランペット」の至芸を聴くことが出来る。

 今、私は『ハムレット』のレコードを聞いている。何度聞いても素晴らしい。オリヴィエの映画同様、このレコードも、私にとっては大事な宝物である。
 ただ、これがギールグッドのベストアクトとは思えないのも事実である。無いものねだりとは分かっているけれど、できればブロードウェイを席巻したギールグッドのハムレットを映像で観たいものだ。
(阿部十三)


【関連サイト】
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[ジョン・ギールグッド略歴]
1904年4月14日、ロンドン生まれ。大叔母はエレン・テリー。ウェストミンスター・スクール、レディ・ベンソンズ・スクール、RADAで学び、17歳で正式に舞台デビュー。シェイクスピア、チェーホフ、イプセンなどの劇で多くの役を演じ、大スターに。1935年に『ロミオとジュリエット』、1936年に『ハムレット』で大成功を収める。1953年にナイトの称号を得る。1977年公開の『プロビデンス』でニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞を受賞。1981年公開の『ミスター・アーサー』でアカデミー助演男優賞受賞。2000年5月21日死去。