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たおやかな誘惑 〜新珠三千代について〜

2011.02.27
ARATAMA MICHIYO
 今や絶滅した和風美人の代表、新珠三千代。「たおやか」とはこの人のためにある言葉ではないかと思わせるほど、そのたたずまいは楚々としていて、優美で、女らしい。体の線がしなやかで、着物姿のときなど、首がとても色っぽくみえる。一方で洋服もよく似合い、新進デザイナーだった頃の森英恵による衣装を着こなすそのセンスとスタイルの良さは、1950年代の日本女性にはあまり見られないものだった(映画だけの話ではなく、プライベートの服も「森英恵」だった)。大ファンを公言していた松本清張をはじめ、こんな女性が自分の奥さんだったら、と夢見た男性は無数にいたに違いない。

 新珠三千代は宝塚出身である。戦後の宝塚には、乙羽信子、淡島千景、八千草薫、有馬稲子など、美人スターがひしめいていたが、新珠三千代はその中でもとくに絶世の美女として知られていた。劇作家、菊田一夫の肝いりで映画界に入ってからも順調にキャリアを重ね、川島雄三監督の『洲崎パラダイス 赤信号』では高い評価を受けた。主役の愛人という役回りが多く、はかないひかげの女のイメージが強いが、しっかり者の奥さんを演じさせてもハマっていた。テレビでは『氷点』や『細うで繁盛記』に出演、舞台でも活躍し、2001年に71歳で亡くなるまで現役を貫いた。

 代表作は『洲崎パラダイス 赤信号』。駆け落ちしたものの行くあてもなく、洲崎の飲み屋に転がり込んだ義治(三橋達也)と蔦枝(新珠)。甲斐性のない義治に愛想を尽かした蔦枝は、別の男とくっついて姿をくらますがーーという話。全体に漂う虚無感が不思議と心地よい。この作品は川島監督自身も気に入っていたという。成瀬巳喜男が撮ったサスペンス『女の中にいる他人』も名作。愛人(若林映子)を殺し、罪の重さに苦しむ男(小林桂樹)。しかし、彼の妻(新珠)は家庭の平和を守るために、夫が自白するのを止めようとする。キャメラマン福沢康道による陰影に富んだモノクロームの映像が大変美しい。

 新珠の演技の幅は実に広く、小林正樹監督の『人間の條件』のような重量級の大作から、社長シリーズのような軽いコメディまで、その実力は縦横無尽に発揮されている。ただ、その中でも特に彼女のことを美しく撮った作品として、江戸川乱歩原作、井上梅次監督によるフィルムノワール『死の十字路』を記憶しておきたい。三國連太郎演ずる商事会社社長の愛人役である。普段は控え目なのに時折みせる大胆なまなざし、そこに込められた愛情表現が素晴らしく、奥さん(新興宗教にはまっている。演ずるは山岡久乃)が殺されるシーンを見ても、全く何の同情もわいてこない。新珠三千代、実に罪な女である。
(阿部十三)

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新珠三千代
[新珠三千代略歴]
1930年1月15日奈良生まれ。本名、戸田恭子(後、馨子)。1943年宝塚音楽学校に入学。戦後、宝塚の娘役スターとして活躍。1951年『袴だれ保輔』で映画デビュー。1955年宝塚退団後、日活、東宝の名作に数多く出演。テレビでも「氷点」(1966年)、「細うで繁盛記」(1970〜71年)に出演、どちらも大ヒットした。