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気になる女猫 〜フランソワーズ・アルヌールについて〜

2011.03.19
ARNOUL
 世の中には、目が合っただけで男の心を乱し、「俺に気があるんじゃないのか」と思わせてしまう女がいる。アルヌールは、まさにそういう女優である。しかも、それをスクリーン越しにやってしまうのである。

 ツンと澄ました感じがなく、ド迫力ボディのグラマーでもなく、「わたしは金のかかる女です」と言わんばかりのセレブなムードを漂わせてもいない。親しみやすいけれど少し陰があり、近所の喫茶店で読書でもしていそうな、すごく気になる女。このタイプの女優はかえって熱狂的ファンを生むものだ。実際、ここ日本でも現在80歳前後の人たちの多くが胸を焦がした。1989年に文藝春秋が249人の名士を対象に行った大規模な人気投票アンケートでは、オードリー・ヘプバーンやイングリッド・バーグマンをおさえて1位を獲得。投票者は男性である。阿刀田高も赤瀬川準も田原総一朗も安西水丸もサトウサンペイも投票している。アルヌールには「自分が支えてあげなければいけない」とか「こんな女と浮気してみたい」と男性の妄想に働きかけ、掻き立てるものが、オードリーやバーグマン以上にあるのだろう。

 後輩のブリジット・バルドーとよく比較されるが、アルヌールの方がコケティッシュで、しっとりとした魅力がある。その背徳感がにじむ眼差しと蠱惑的な唇と首の動きが男を狂わせる。バルドーに限らず、どんなにグラマーな女優が頑張って矯態をみせたところで、『女猫』のアルヌールの目くばせひとつほども官能的ではない。ナチス高官との恋に溺れてしまう女猫=レジスタンス役、あれは絶品だった。

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 アルヌールはセクシーなアイドルであっただけでなく、演技力の方も確かだった。代表作は『ヘッドライト』。妻子あるトラック運転手ジャンと、ドライブインで働く女給クロチルド。2人の明日なき恋を描いたアンリ・ヴェルヌイユ監督の名作である。安いビニールコートを着た儚げなアルヌールの姿が哀しいほど美しく、観客に忘れ難い印象を残す。ジョゼフ・コスマの音楽も切ない。
 ほかに代表作を挙げるとすれば、『過去を持つ愛情』と『フレンチ・カンカン』と『女猫』。オールド・ファンなら『禁断の木の実』を入れるかもしれない。ただ、その魅力のわりに作品に恵まれていたとは言いがたい。そういうところもアルヌールらしいと言えなくもないが。
(阿部十三)

【関連サイト】
フランソワーズ・アルヌール自伝
[フランソワーズ・アルヌール略歴]
1931年6月3日アルジェリア生まれ。父はアルジェリア駐留のフランス砲兵隊の将軍。母は女優。母の同僚だったボーエル・テロン夫人の演劇研究所で演技を学び、1949年『L’Epave』(ウィリー・ロジェル)でデビュー。1952年『禁断の木の実』(アンリ・ヴェルヌイユ)で日本でも注目され、1955年『ヘッドライト』(アンリ・ヴェルヌイユ)で演技力を認められる。宣伝マンのジョルジュ・クラヴァンヌと結婚・離婚、左翼系の映像作家ベルナール・ポールと再婚・死別。