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ジェームズ・スチュワート 〜アメリカの誠実な男性像〜

2021.01.04
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 昔のハリウッド映画のヒーローというと、逞しさと強引さが売りのタフガイを連想しがちだが、実際はスマートでソフトな優男も大勢いた。ジェームズ・スチュワートはそのうちの一人であり、代表的な存在である。彼の繊細そうな表情、穏やかで明るい雰囲気、健康的で愛すべき軽妙なキャラクターは、アメリカの老若男女の心を掴んだ。
 主演作は1930年代から60年代まで沢山ある。傾向としては同じ監督と組むことが多く、フランク・キャプラ、ヘンリー・コスター、アルフレッド・ヒッチコック、アンソニー・マン、ジョン・フォード、アンドリュー・V・マクラグレンとは少なくとも3作以上撮っている。撮られた作品は映画史上に燦然と輝く傑作ばかりだ。

 彼のような大スターは、演技力について語られることが滅多にない。安心して観ていられるから、その巧さに気付かぬまま素通りしてしまうのだ。ただ、改めて観てみると、『スミス都ヘ行く』(1939年)で最後に熱いスピーチを披露する場面、『桃色の店』(1940年)で意中の女性(マーガレット・サラヴァン)に書き送った手紙を目の前で読まれる場面、『フィラデルフィア物語』(1940年)で元夫婦(キャサリン・ヘップバーン、ケイリー・グラント)が言い合いを始めた時に一歩退く場面、『ハーヴェイ』(1950年)で他人には見えない大きなウサギとの出会いをしみじみと語る場面など、その表情の動きや台詞廻しが実に自然であることに感嘆させられる。

 コミカルな場面はコミカルに、シリアスな場面はシリアスに、という切り替えも柔軟で、無理がなく、あたかも同じ感情を共有しているかのように、こちらの心も動く。天性の軽みがあるので、別の役者が演じていたら重くなったり、しつこくなったりして見ていられなかったであろう役柄も、ジミー独特のソフトさ、品の良さのおかげで見やすくなっている。その好例が、『ウィンチェスター銃'73』(1950年)で兄への制裁に執念を燃やすリン役、『めまい』(1958年)で一人の女性に執着する探偵ファーガソン役、『或る殺人』(1959年)で再起をかける落ちぶれた弁護士ポール役だ。

 哀れな時は本当に哀れっぽく、世界中の人々を味方につけるような演技をする。シリアスな演技で最も強いインパクトを与えるのは、『素晴らしき哉、人生!』(1946年)の後半だ。ジミー演じる善良な主人公ジョージ・ベイリーは、身内のミスで会社の倒産が決定的となり、自分の人生もお先真っ暗になった時、飲み屋のカウンターで神に祈り、取り乱す。その演技がすごい。『素晴らしき哉、人生!』は、ハッピーな気持ちになれる映画の代名詞のようになっているが、最後の急展開のハッピーエンドが頭に入ってこないほど、彼の絶望の表現は真に迫っていた。

 背が高くてスマートな外見、知的で、洒落た雰囲気から都会的なイメージがあるジミーだが、西部劇にも多く出演している。現代劇に比べると、西部劇での演技の方がエモーショナルで、人間臭い部分を出しているように感じられる。『折れた矢』(1950年)や『シェナンドー河』(1965年)で見せた全身が怒りに染まるような激しい表現は特に忘れがたい。

 『折れた矢』は、白人のトムがアパッチの族長と信頼関係を築き、さらにアパッチの女性と結婚するという当時としては画期的な内容だ。まさにジミーにぴったりの誠実な男性像が前面に出た作品だが、アパッチを憎悪する白人たちによって愛する妻を殺され、怒りで我を忘れそうになる。『シェナンドー河』では、一家の長として南北戦争と距離を置こうとするが、結局戦争に巻き込まれた挙句、味方側の南軍の誤射によって、息子を失う。その時、怒りに震えながら、誤射した少年に言う。「お前を殺しはしない。長生きして子供をたくさん作るがいい。そして、その中の一人が誰かに殺された時、今日という日のことを思い出せ」

 実際のジミーはというと、大スターらしい派手なところがあまりなく、結婚も一度だけで、41歳の時(1949年)にグロリア・ハトリック・マクリーンと結ばれ、1994年に死別するまで共に暮らした(夫人の連れ子を養子にしていた)。政治的には保守派で、第二次世界大戦中は空軍に入隊、1968年に60歳で退役するまで軍に属していた。ただ、戦争を体験した者として戦争映画には出たくないという気持ちがあり、その手のオファーはほとんど断っていた。

 大スターでありながら、共演した女優を立てるのがうまい人でもあった。特筆すべきは『桃色の店』のマーガレット・サラヴァン、『甦る熱球』(1949年)と『グレン・ミラー物語』(1953年)のジューン・アリスン、『裏窓』のグレイス・ケリー、『知りすぎていた男』(1956年)のドリス・デイ、『めまい』と『媚薬』(1958年)のキム・ノヴァクで、彼女たちはほかの作品で観るよりも美しく、魅力的に見える。

 悪役をほとんど演じなかったジミーのことを「善人役ばかりだ」と皮肉る人がいるが、それは偏見である。例えば、『裏窓』や『めまい』を観た人は、主人公のことを善人とは思わないだろう。スミス議員、ジョージ・ベイリー、ハーヴェイのような完全な善人を演じた作品は意外と少ないのである。ジミーが演じた役を総括するなら、誠実な人柄で、真面目だけど真面目すぎない人。繊細な感受性とユーモアの精神を備えながらも、一度決めたことはきちんと貫く頑強な意志の人。そして、喪失と克服の試練を受ける人。要するに、どこにでもいる人間なのである。
(阿部十三)


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[ジェームズ・スチュワート略歴]
1908年5月20日、アメリカのペンシルヴァニア州生まれ。大学を卒業後、劇団のユニバーシティ・プレイヤーズに参加し、ヘンリー・フォンダ、マーガレット・サラヴァン、ジョシュア・ローガンらと知り合った。短編映画『Art Trouble』(1934年)から映画界に進み、フランク・キャプラ監督作品でスターの座に就く。『フィラデルフィア物語』(1940年)でアカデミー主演男優賞を受賞、その後『素晴らしき哉、人生!』(1946年)と『ハーヴェイ』(1950年)での演技も称賛され、西部劇にも多く出演し、順調にキャリアを築いた。1984年、アカデミー名誉賞受賞。1997年7月2日、89歳で亡くなった時、当時大統領だったクリントンは、「今日アメリカは国宝(national treasure)を失った」と語った。