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フランス映画のボス 〜ジャン・ギャバンの存在感〜

2011.05.20
 1934年にジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『白き処女地』『地の果てを行く』で注目されてから、1976年に72歳で亡くなるまで、ジャン・ギャバンほどフランスで愛された俳優はいない。彼がカメラの前に立つと、それだけで周囲のキャストは霞んでしまう。例えば『地下室のメロディ』。あの大スター、アラン・ドロンでさえギャバンと並んで立っていると青二才に見える。ドロンより(フランスで)人気があった若手ジャン=ポール・ベルモンドとは『冬の猿』で共演。ベルモンドはかなり健闘していたが、それでもギャバンのオーラに呑まれてしまう。
 あの苦みばしった魅力と盤石の存在感に太刀打ちできる人を挙げるとしたら、『どん底』のルイ・ジュヴェと『大いなる幻影』のシュトロハイムくらいか。当時はギャバンもまだ若かった。

 元々ギャバンは芸人一家の出身。小学校卒業後は人夫、倉庫係などの仕事に就き、19歳の時舞台に立った。しばらくミュージック・ホールで地道に活動して、1930年に映画デビュー。ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『白き処女地』で人気を得て、『望郷』で押しも押されぬ大スターに。デュヴィヴィエ以外にもジャン・ルノワール、マルセル・カルネ、ジャック・ベッケル、アンリ・ヴェルヌイユといった名監督とタッグを組み、傑作を残している。女性関係ではマルレーネ・ディートリヒとのロマンスが広く知られている。ディートリヒは恋多き女として有名だが、ギャバンとの交際は最も真剣なものだったとか。

 一般的にはギャバンの代表作は『望郷』ということになっているが、『地の果てを行く』の外人部隊に身を投じた殺人犯、『獣人』の精神を崩壊されてゆく機関士、『ヘッドライト』の明日なき恋に落ちる初老のトラック運転手、『現金に手を出すな』のダンディなギャング、『冬の猿』の酒に溺れる老人、『地下室のメロディ』の老ギャング、あるいはジョルジュ・シムノン原作のメグレ警視、どれも絶品である。メイクに凝るわけでもなく、鬼気迫るような役作りをするわけでもなく、はっきり言ってしまえば結局ジャン・ギャバンはジャン・ギャバンでしかないのだが、それでも観る者を感情移入させずにおかない。不思議な魅力である。

 晩年の社会派映画『暗黒街のふたり』は、仮出所した前科者が真っ当に生きようとするものの、世間の偏見や悪魔のような刑事による嫌がらせに苦しみ、破滅してゆくという話。監督はジョゼ・ジョヴァンニだ。前科者が美女にモテていなければもっと悲惨さを強調できたと思うのだが、映画として多少は彩りが必要だったのだろう。それはともかく、この映画で保護司を演じたギャバンのやりきれない表情がすばらしい。そこに座っているだけで画面が重みを帯びてくる(前科者を演じたアラン・ドロンもいい味を出している)。ただ、このギャング映画のような邦題は全くもっていただけない。

 威厳と貫禄あふれる外貌、人生の酸いも甘いも噛み分けたような面差し、そして粋なダンディズム。まさにギャバンこそ「男の中の男」を体現できた名優といえる。
(阿部十三)