映画 MOVIE

ダーティハリー 報われないゴミ掃除屋の物語

2012.01.04
 サンフランシスコ市警のハリー・キャラハン刑事、通称〈ダーティハリー〉を描いたシリーズ第1作『ダーティハリー』(1971年)。クリント・イーストウッドは、本作によって世界的なスターとなった。TV映画『ローハイド』(1959〜1966年)への出演、セルジオ・レオーネ監督のマカロニウエスタン作品によってある程度の成功を収めていたとはいえ、60年代末頃のイーストウッドは、「西部劇の俳優」「出稼ぎ先のイタリアで脚光を浴びた男」という程度の評価しか得ていなかった。そんな彼のハリウッドでの成功の足がかりとなったのが、『マンハッタン無宿』(1968年)だ。アリゾナの保安官補がNYを舞台に追跡劇を繰り広げるこの作品は、まずまずのヒットとなった。しかし、この映画がイーストウッドにもたらしたものは金銭的な利益だけではなかった。何よりも大きかったのは、ドン・シーゲル監督との出会いだ。シーゲル監督は、その後、『真昼の死闘』(1970年)、『白い肌の異常な夜』(1971年)でもイーストウッドとコンビを組む。そしてついに『ダーティハリー』が誕生する。

dirty_harry_1
 「スコーピオ」と名乗る連続殺人犯を追うハリー・キャラハン刑事を描いた『ダーティハリー』。これは歯切れの良い展開を辿らないアクション映画だ。何とも言えないフラストレーションが随所に渦巻いているのが、特異な点だと言えよう。なにしろハリーはスコーピオの正体を突き止め、一度は彼を捕えるのだが、それによって「一件落着」とはならないのだから。スコーピオの犯行声明文によれば、誘拐した少女を監禁した場所の酸素は、もう残り僅か。少女を救い出すために令状を取らずに住処へと踏み込み、追い詰めたスコーピオを拷問して監禁場所を聞き出したハリー。しかし、それは違法捜査と看做され、スコーピオは釈放されてしまう。このような展開に直面した時、ハリー同様に、観客のフラストレーションは否応なしに高まる。そのモヤモヤを、最終的にはハリーの大型拳銃44マグナム(銃身6.5インチのS&W M29)が思いっきりぶっ飛ばしてくれるのだが、スッキリ出来つつも、エンディングのシーンは堪らなくやるせない。全てを終えた後、ハリーは無言でポリスバッヂを川へと投げ込む。遠景でハリーを捉えた映像が仄かに霞む様は、ハリーが抱える虚無感を静かに物語っている。

 「法に拠らず暴力によって事件を解決する物語」であるため、リベラルな思想側に立つならば、『ダーティハリー』を批判することはいくらでも出来る。しかし、この映画の主題は「暴力の礼讃」でも「法の否定」でも「私刑の正当化」でもないことは、大半の観客が本能的に嗅ぎ取るだろう。ハリーは市長、検事、上司に再三呼び出され、捜査や事件の解決手段を激しく非難される。彼の行動への否定が根差しているのは「法律」。国民である以上、決して逃れることの出来ない無敵の旗印だ。しかし、法に則って行動している内に事態は悪化し、無辜の生命が奪われる......ハリーが突きつけられた不条理を、「映画の中だけの話だ」と言い切れる人なんて、おそらく何処にもいないだろう。似たようなこと、あるいはさらに酷い話は、現実の世界にいくらでも転がっている。我々が包まれているそういうやり切れなさと銀幕の中で闘ってくれるのが、ダーティハリーという薄汚れた孤高のヒーローなのだ。

 しかし、そんなテーマ性に思考を巡らせずとも、この映画は無条件に輝いている。何と言っても胸躍るのが銃撃戦のシーンだ。ランチのホットドッグをモグモグしながら面倒くさそうに拳銃を取り出し、銀行強盗の逃走車を仕留めるシーンは、あまりにも有名だが、ほかにも見どころは数多い。特に印象に残るのは、ハリーが最初にスコーピオを捕えるシーンだ。夜間のフットボールスタジアムのフィールドへと逃げ込んだスコーピオ。ハリーが「止まれ!」と叫んだ瞬間、彼の同僚警官がスタジアムのライトを一斉に点ける。そして、ハリーが容赦なくスコーピオを拳銃で撃つシーンは鮮烈だ。それまでの数十分間は薄暗い裏路地や公園での追跡劇が延々と続くので、このシーンで一気に画面が明るくなるインパクトは非常に強い。蛙の腹のように不気味なスコーピオの白い肌、真っ赤に染まる銃創、「俺には弁護士を呼ぶ権利がある!」と泣き叫ぶ醜い表情がライトで眩く照らし出され、ただただひたすらに観客の憎悪を加速させる。

 スコーピオ......そうだ! 最後にこの男のことも語っておきたい。演じたアンディ・ロビンソンは世間が抱くスコーピオ役のイメージから脱却するのに非常に苦労したそうだが、それもやむを得ない程、『ダーティハリー』での彼の演技は圧倒的だ。ビルの屋上からライフルスコープでターゲットを狙う時の、あの今にも射精せんばかりのヌメヌメした表情は、一度目に触れたら決して記憶から拭い去れない。そして物語の終盤、スクールバスジャックのシーンでのスコーピオは、『ダーティハリー』を観た者の間で必ず話題に上る。運転手の中年女性に拳銃を突きつけて目的地へ向かわせつつも、車内の子供達には「優しいお兄さん」として接していたスコーピオ。しかし、1人の男の子が「お家に帰りたい」と泣きだしたのを境に豹変し、皆で陽気に歌を唄うことを強要する。「一緒に唄え! お前達が唄わないとママは死んでしまうぞ! お前達のママをみんな殺してやるからな!!」と喚きながら子供たちをボコボコに殴り、自らが高らかに唄ってリードし始める。スコーピオが「唄え!」と命令するのは童謡「Row, Row, Row Your Boat」。このシーンは、TVの洋画劇場で使用されていた日本語吹き替えが秀逸だ。原詞は《Row, row, row your boat/Gently down the stream/Merrily, merrily, merrily, merrily/Life is but a dream》なのだが、それを日本語に置き換えた《漕げ漕げ漕げよ/ボート漕げよ/ランランランラン/川下り》という歌詞の歪さが不気味極まりない。歌のトーンが明るい分、スコーピオの狂気が劇的に浮き彫りとなっている。現在流通している『ダーティハリー』のDVDには、この吹き替えが収録されているものもあるはずだ。このシーンだけでも日本語音声で鑑賞することをおすすめする。エンディングでのカタルシスが倍増すること請け合いだ。
(田中大)


【関連サイト】
クリント・イーストウッド
『ダーティハリー』(DVD)