音楽 POP/ROCK

ラナ・デル・レイ 『ウルトラヴァイオレンス』

2023.04.25
ラナ・デル・レイ
『ウルトラヴァイオレンス』
2014年作品


Lana Del Rey j1
「ちょっと話したいことがある。というのもラナ・デル・レイが新作を発表したから。これがまた素晴らしくて、すでに知ってるだろうけど、とにかくハンパじゃない。今現在最高のアーティストだと思っているし、私たちはこのアルバムをサポートすることを最優先事項にするべきだと思う」
 これは、ラナ・デル・レイの最新作『Did You Know There's A Tunnel Under Ocean Blvd』の発売日にあたる2023年3月24日に、ワールド・ツアーを敢行中のテイラー・スウィフトが、ラスヴェガスのスタジアムを埋め尽くした6万人のファンに告げた言葉だ。つまりラナは、自ら〈今現在最高のアーティスト〉と目されるテイラーが、〈今現在最高のアーティスト〉として敬愛する存在だということになる。

 このエピソードを耳にした世界中のスウィフティーたちの応援もあってか、『Did You Know?』は英国では6枚目のナンバーワン・アルバムになるなど、各地のチャートで好成績を残した。とはいえ、恐らく日本ではラナの位置付けについて今ひとつリアリティが伴わないという方が多いのではないかと思う。来日は一度もしていないし、何しろ10年に8枚のペースでアルバムを発表してきただけに、フォローできていなくても無理はない。どの作品も同じなのではないかというイメージも、少なからずあるのだろう。確かに音楽的にもヴィジュアル的にもシネマティックでドリーミーな様式美を確立していることは間違いないのだが、多作でありながらも実はアルバムの1枚1枚に明確なサウンド・アイデンティティが刻まれ、その時々のモードが映し出されている。

 例えば、インディ・レーベルで発表した『Lana Del Ray』(2010年)を数に入れるとサード・アルバムにあたる、この『Ultraviolence』(2014年/全米・全英両チャート最高1位)はどうか? 大ヒットを博した名曲「Video Games」を収めた出世作『Born To Die』から、8曲入りのEP『Paradise』を挿んで2年半後に登場した本作は、とろりとリヴァーヴを効かせたギターの音で幕を開ける。そう、トリップホップの流れを汲んでいた『Born To Die』に対し、ガレージ・ブルース・デュオ=ザ・ブラック・キーズの名ギタリスト兼シンガー、ダン・オーバックをプロデューサーに迎えた『Ultraviolence』は、彼女が最もロックンロール近付いた1枚だった。

 バンドの枠外でプロデューサーとして多数のアーティストとコラボしているダンは、ナッシュヴィルに所有するスタジオに、自身の課外プロジェクトのジ・アークスのメンバー――ニック・モヴション(ベース)とレオン・ミケルズ(メロトロン、ピアノほか)――に加えて、カントリー界で活躍するペダル・スティール奏者のラス・パール、欧米圏外のリズムの影響を大いに受けているドイツ人ドラマーのマックス・ワイセンフェルトを集め、事実上バンド形式で本作をレコーディング。完成したのはあくまでラナ流のロック・アルバムであり、ダウンテンポに徹し、ノスタルジックなメロディの美しさをさざ波のようなギターを重ねて引き立てる、時に極めてミニマルなサイケデリック・ララバイ集だ。

 また、『Born To Die』で破滅的なファム・ファタール像を突きつけた彼女は、今回も開口一番、〈肉体も心もあなたと分かち合った/それももう終しまい〉と歌って、悲劇的な展開を仄めかす。しかし、前作に満ち渡っていた深い悲しみに代わって、本作を支配するのは、恋愛に対するある種の貪欲さだ。挑発的で、半ば開き直っているとも言えるのか? 殊に物議を醸したのがタイトルトラック。ラナが一時属していた、カルトに似た組織の指導者との関係を記したという1曲である。〈彼が私を殴った時、それはキスみたいに感じられた〉或いは〈彼は私を傷付けた、それは愛みたいに感じられた〉などなどいびつな関係を示唆する歌詞は、DVを肯定するアンチ・フェミニストな文言だとして糾弾されたものだ。

 「Pretty When I Cry」も然りで、〈泣いている時の私は可愛い〉というタイトルそのものに、『Ultraviolence』と同じ暴力性が垣間見える。これが彼女が言うところの〈ultraviolence〉なのか、ラナにとって〈ultra〉は〈激しい〉とか〈過激〉を意味するのではなく、むしろ〈崇高〉に近いニュアンスを含んでいるのかもしれない。「Sad Girl」では、愛する人と一緒にいられるなら愛人でもいいと主張し、フィナーレの「The Other Woman」でも同様に〈もうひとりの女〉、つまり愛人の視点に立って歌う。これは彼女のオリジナル曲ではなく、半世紀以上前にニーナ・シモンとサラ・ヴォーンによって世に送り出されたジェシー・メイ・ロビンソン作の曲だが、グラマラスでありながらも一人で泣きながら眠りにつく、孤独な女性の姿を描き出すのだ。昨今のポップ・ミュージックの世界では、人生の主導権を握る強い女性像がデフォルトになっているが、だからといって弱い女性、受け身の立場に甘んじている女性が世の中からいなくなったわけではない。そういう女性たちの想いを代弁するラナに、「愚かな女だと思われようと私は自分の意思でそういう生き方を選んでいるのだ」と言わんばかりの太々しさを、別の意味の強さを、感じずにいられない。

 そしてもうひとつこのアルバムについて触れておかねばならない点が、ロケーションだ。『Born To Die』の発表後、故郷のニューヨークからロサンゼルスに移り住んだ彼女は、舞台が西海岸に移ったことを随所で強く印象付けている。「Old Money」と「Brooklyn Baby」(ルー・リードがバッキング・ヴォーカルで参加する予定だったもののセッション当日に彼が亡くなったという裏話がある)の2曲でニューヨークに別れを告げ、新天地の風景、新天地の男たちに心ときめかせながら。中でもサーフロック調のギターが彩る、ずばり「West Coast」と題された曲では、ハリウッドとロックンロールのアイコンたちが闊歩する町にオマージュを捧げるラナ。今や彼女自身も、紛れもないウエスト・コースト・アイコンの一人である。
(新谷洋子)


【関連サイト】
Lana Del Rey(lanadelrey.com)
Lana Del Rey(UNIVERSAL MUSIC)
『ウルトラヴァイオレンス』収録曲
1. クルーエル・ワールド/2. ウルトラヴァイオレンス/3. シェイズ・オブ・クール/4. ブルックリン・ベイビー/5. ウエスト・コースト/6. サッド・ガール/7. プリティ・ホエン・ユー・クライ/8. マネー・パワー・グローリー/9. ファックド・マイ・ウェイ・アップ・トゥ・ザ・トップ/10. オールド・マネー/11. ジ・アザー・ウーマン

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