音楽 POP/ROCK

エアロスミス 「ウォーク・ディス・ウェイ」

2011.08.12
エアロスミス
「ウォーク・ディス・ウェイ」

(1975年/全米No.10)

 今でもエアロスミスのライヴには絶対に欠かせない、彼らの代表曲中の代表曲である。かつての邦題を「お説教」といった。♪彼女(=童貞喪失願望を抱く主人公の男子高校生が憧れるチアリーダー)がオレに××しろと言った......云々という歌詞から着想を得た邦題だろうが、残念なことに、曲の内容とは少々ズレている。チアリーダーは、主人公に向かってお説教を繰り広げているわけではない。〈モテる秘訣〉を教示しているのだ。それでも、当時はかなりひねりの効いた邦題だったことだろう。後にカタカナ起こしの「ウォーク・ディス・ウェイ」に変更されたが、それはそれでちょっと残念な気もする。

 バンドのメンバーたちが1974年公開のイギリス映画『ヤング・フランケンシュタイン』の劇中に登場するセリフ〈Walk this way.(=俺について来い)〉に感化されてこの曲を作ったことや、1986年に人気ラップ・ユニットだったRUN-D.M.C.がカヴァーし(全米No.4)、同PVにリード・ヴォーカルのスティーヴン・タイラーとギター担当のジョー・ペリーが出演したことは余りに有名なため、ここでは詳しく語らない。ひとつだけ興味深いエピソードを紹介すると、筆者が1986年暮れにRUN-D.M.C.が来日した際にインタヴューした時、D.M.C.が「オレは〈Walk This Way〉なんて曲は知らなかったし、エアロスミスも知らなかった。プロデューサーのリック・ルービンに『この曲をベースにラップしてみろ』と言われた時には冗談だろ?!って思ったよ」と語っていたことが忘れられない。ブラック・コミュニティで育ったごく普通のアフリカン・アメリカン男性がロックを知らないのは当然至極の時代であった。レコーディングにも厭々ながら臨んだらしいが、彼らのヴァージョンは大ヒットし、ラップ・ナンバー初のクロスオーヴァー・ヒットとなったのは周知の通り。のみならず、エアロスミスの人気も再加熱したのだった。

 映画のセリフは〈俺について来い〉を意味するが、エアロスミスのこの楽曲ではやや意味合いが異なる。即ち、タイトル部分が歌われているフレーズに続くセンテンスは、押韻の約束事をきちんと押さえた♪Talk this way......なのである。これもチアリーダーが件の主人公に言っているセリフであるから、当然タイトル部分も〈モテるためのアドバイス〉ということになる。端的に言えば、〈こんな風に(セクシーに)歩けば女の子にモテること請け合いよ〉と言ってるわけだ。モテ男になるための歩き方と話し方をチアリーダーに伝授されて、俄然張り切った主人公は、童貞喪失の機会を今か今かと伺いつつ、曲の後半では近所の奥さんとその娘にも興味を示して絡んでいく......。

 イントロ部分のギターのリフが強烈過ぎて、そこに耳を奪われがちだが、実はこの曲には、英語圏の人にしか解らないような仕掛けが施されている。その仕掛けとは、『マザー・グース』の一節が歌われる♪Hey, diddle, diddle......の部分でバックに流れるカウベルの音色。何故に唐突にカウベルが鳴らされるかというと、それにはれっきとした理由がある。参考までに、出典となった本家本元の『マザー・グース』を以下に記してみたい。

Hey, diddle, diddle   えっさか ほいさ
The cat and the fiddle,   ねこに ヴァイオリン
The cow jumped over the moon;   めうしがつきを とびこえた
The little dog laughed   こいぬはそれみて おおわらい
To see such sport,   そこでおさらば
And the dish ran away with the spoon.   スプーンといっしょに すたこらさ
(北原白秋訳)

 北原白秋による訳は、意訳を超越した〈作詩〉に近い。「ウォーク・ディス・ウェイ」に登場する1行目のフレーズは、〈そこの可愛い子ちゃん〉ぐらいの意味である。そこが歌われるバックにカウベルの音色が流れるのは、出典となった上記の『マザー・グース』の詩の中に〈the cow〉が登場することを意識してのもの。英語圏の人ならば、幼少の頃に例外なく『マザー・グース』に慣れ親しんだことだろうから、ここの心ニクい演出に思わずニンマリすることだろう。

 メンバー全員が還暦を過ぎた今も、精力的にライヴ活動を行っているエアロスミスは、有体に言えばオヤジ・バンドである。そんな彼らが、青春時代に味わった甘酸っぱい(?)胸の高鳴りを思い出しつつ、汗を飛び散らして今なおこの〈童貞喪失願望ソング〉を熱くステージでパフォーマンスする姿に、往年のファン層は自分たちの過ぎし日々を重ねるのだ。
(泉山真奈美)


【関連サイト】
AEROSMITH
AEROSMITH(CD)
【執筆者紹介】
泉山真奈美 MANAMI IZUMIYAMA
1963年青森県生まれ。訳詞家、翻訳家、音楽ライター。CDの訳詞・解説、音楽誌や語学誌での執筆、辞書の編纂などを手がける。翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座マスターコース及び通学講座の講師。