音楽 POP/ROCK

シャーリーン 「愛はかげろうのように」

2011.10.17
シャーリーン
「愛はかげろうのように」
(1982年/全米No.3、全英No.1)

 〈一発屋〉を英語では〈One-hit wonder〉と表現する、ということを教えてくれたのは、米『ビルボード』誌のトップ40ヒットをデータ化した洋書だったと記憶している。日本語の〈一発屋〉にはどことなく嘲笑めいた響きを感じられるが、英語のそれは実に巧いことをいうものだ、と思った。〈1曲だけ大ヒットという奇蹟を起こしたアーティスト〉とでも訳せばいいだろうか。そしてその〈奇蹟〉には、偶発的な出来事が潜んでいる場合もある。

 「愛はかげろうのように(原題:I've Never Been To Me)」は、シャーリーン(1950年カリフォルニア州生まれ)の唯一のヒット曲にして大ヒット曲である。絵に描いたような〈One-hit wonder〉と言えるだろう。同曲がシングルとして初めてリリースされたのは1977年のことだが、当初は全米トップ40入りせず(最高位は同チャートでNo.97)。長らく忘れ去られていたこの曲が突如として再リリースされる運びとなったきっかけは、フロリダ州タンパの地元ラジオ局のDJが、この曲を〈発掘〉し、番組で何度も流すうちに口コミで広がったこと。シャーリーンの所属レーベルだったモータウンがその評判を聞きつけ、遂にシングルの再リリースに踏み切ったのだった。

 これと似たようなことは、過去にも何度かあった。ラジオDJがシングル盤のB面をうっかり間違えてかけてしまったがために、それがリスナーにウケて後にA面曲としてそのシングルが再リリースされたり、或いは非シングルのアルバム収録曲を気に入ったDJが、その曲を番組の中でしょっちゅう流しているうちにリスナーからのリクエストが殺到し、そのアーティストの所属レーベルによってシングル化に結びついたりした、という例も。女性ラップ・グループのソルト・ン・ペパのヒット曲「Push It」(1987年/R&BチャートNo.28、全米No.19とチャート上ではそれほど振るわなかったが、当時、ミリオンセラーを記録)は前者に、R&B兄弟デュオ、K-Ci & JoJoの「All My Life」(1997年/R&B、全米の両チャートチャートでNo.1)は後者の部類に入る。いずれも、ラジオDJのうっかりミスや個人的な思いれがなかったなら、決してシングル化されなかった曲だ。

 「愛はかげろうのように」は、以前に全くヒットしなかった曲をDJがたまたま気に入ってへヴィ・ローテーションで流したことから火がついて大ヒットに結び付いた稀なケースだが、いずれにしても、ラジオ局のDJがそのことに一役買った、という点では先述の事例と共通する。音楽をダウンロードして購読ならぬ購聴(※勝手な造語)する今の時代には、〈アルバムの中の埋もれた名曲〉や〈箸にも棒にも掛からなかった古い曲〉の発掘も容易ではないだろう。1曲ずつ購聴していたのでは、アルバムに潜む名曲を探し出すことなど到底無理である。「愛はかげろうのように」にしても、今の時代なら、シングルが再リリースされたかどうか、疑わしい。

 タンパのDJがこの曲に入れ込んでせっせと自身の番組で流していた頃、シャーリーンはシンガーをとっくに引退してロンドンのお菓子屋さんで働いていたという。埋もれていたこの曲がいきなり大舞台に引っ張り出されたことに、当の本人が誰よりも戸惑いを覚えたのではないだろうか。しかも、余りに急激に評判になったため、モータウンはシャーリーンに再度レコーディングさせることなく、古い音源のままシングル盤を再リリースしたのだった。よって、シャーリーンが口パクでこの曲をパフォーマンスする映像は、少なくとも5年前の彼女のヴォーカルに合わせたものなのである。本人の複雑な心境は推して知るべし。

 原題を直訳すれば〈私は今まで一度も私に辿り着いたことがない〉。が、これでは意味不明。歌詞を傾聴してみれば、〈私は今まで一度も私らしく生きたことがない〉、つまり、〈不幸な人生だった〉という思いをここのフレーズに滲ませていることが解る。曲の主人公は、どこかの大金持ちと結婚し、凡人の想像を超えるような贅沢三昧の人生を送ってきたことを窺わせつつ、日々の生活に不満タラタラの平凡な主婦に向かって、〈あなたは自分の幸福に気付いていない〉と諭すのだ。この曲の主人公に言わせれば、愛する夫がいて、子供がいて、それで何が不満なの?ということらしい。ズバリこの曲のターゲットは、幸せなのにそのことに気づいていない世の中の主婦たち。そして曲の主人公は、自分も彼女たちのように平凡な女の幸せをつかみたかった、と嘆いているのである。

 歌詞の中にアメリカの女優ジーン・ハーロウ(Jean Harlow/1911-1937)のラスト・ネームが出てくることから、この曲は、破天荒でスキャンダルまみれの人生を生き、26歳の若さで亡くなった彼女のことを歌ったものだ、と見る向きもある。が、それはちょっと違う。〈Harlow〉は、主人公の女性が〈これまで旅をした世界中の国々〉のうちのひとつ、モンテカルロ(Monte Carlo)の〈Carlo〉と韻を踏むために登場させられたに過ぎない。〈-low〉と〈-lo〉は全く同じ発音だから。たまたま〈Harlow〉が押韻のために選ばれただけで、実際のハーロウは大富豪と結婚して世界中を旅して回ったわけではない。が、彼女も曲の主人公も、不幸な女性だった。その共通項があるからこそ、ハーロウの名が歌詞にハマッたのだろう。「愛はかげろうのように」というどこか曖昧模糊とした邦題からは想像もつかないほど、この曲には不幸な女性の悲哀がそこここに溢れている。

 〈女は結婚して子供を産み育てるのが一番幸せだ〉などという考え方は、今の時代には全くそぐわない。ところがこの曲の根底には、その前時代的な思想が脈々と息づいているのだった。初めてリリースされた1977年には、女性解放運動の残り香がまだあったがために、ヒットに結びつかなかったのだろうか。美麗なメロディも魅力的だが、これが再リリースして大ヒットに結び付いた最大の要因は、やはり〈経済的に恵まれてはいても、気持ちが満たされずに後悔に苛まれるひとりの女性〉の心情を切々と綴った歌詞にあったことは、疑いの余地がない。その後悔には、〈子供を産まなかった〉ことも含まれている。もしかしたらその一節に、子供が欲しくても授からなかった、或いは諸事情により子供を持つことを諦めた世の女性たちが感情移入し、自身への慰めとしてこの曲を愛聴したのでは、と想像してみた。この曲の中で、最も重たいメッセージが綴られた箇所である。
シャーリーンの透明感あふれる歌声で綴られる〈女の一生〉は、それこそ〈かげろう〉のように儚いものなのかも知れない。
(泉山真奈美)


【関連サイト】
シャーリーン「愛はかげろうのように」(CD)
【執筆者紹介】
泉山真奈美 MANAMI IZUMIYAMA
1963年青森県生まれ。訳詞家、翻訳家、音楽ライター。CDの訳詞・解説、音楽誌や語学誌での執筆、辞書の編纂などを手がける(近著『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』)。翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座マスターコース及び通学講座の講師。